画廊の安田さん

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彼は得意気に笑った。 「俺なら、安田さんがその眼鏡を外さなくても眼鏡なしの顔彫れるから。勝ったな」 そう言うと、彼は先ほどまでの照れを感じさせない仕草で眼鏡を外した。 思った通りの整った、繊細な顔立ちをしていた。 「私は勝負なんかしてないけど」 「そうかな。秘めた闘志があるでしょ。でさ、もし俺が上手に出来たら、一緒のさ」 「一緒の?」 「だからさあ」 腰に手を当て、じれったそうにのぞき込む彼に、ハッと思い当たった私は両頬を押さえた。 その指先に、細ぶちの眼鏡が触れた。 「まさかのプロポーズ、プロポーズだなんて!」 私の心の声が、大げさに口から漏れた。 「はあ? そうじゃない……だから一緒の……一緒の大学」 彼が何か言おうとしたが私は聞く耳を持たず、けたたましく叫び続けた。 「そんなの!」 「おい聞け」 「でもでも。キャー!」 心底呆れた様子で、彼は大きく息を吸った。 「ああもう! 違う、観念してさっさと進路を決めろって!」 怒鳴り声が耳の中でわんわんと響き、私は思わず目を閉じた。 「なあ島野。大丈夫なのか」 肩をたたかれ、勢いよく振り返ると心配顔の拓斗が立っていた。 「あ。拓斗」 「宮野先生が図書室に探しに来た。時間になったのに来ないって。腹でも痛いのか」 「あ……。ううん」 私は左右を見回した。 私はもうすっかり暗くなった画廊で、壁に向かって佇んでいた。 胸像は元通りに並び、ぶつけたはずの額を触ってみても、痛みはなかった。 「どうしてここだと分かったの」 「……さあな」 転んでぶつけたのは、気のせいだったのだろうか。 喉がひりひりしていた。 さっきまで大声で叫んでいたかのように。
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