画廊の安田さん

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もし今悩みがあるかと聞かれたら迷わず、まだ進路を決められないことと答えるだろう。 もうすぐ高校三年生なのに。 というわけで、私こと島野 水帆(しまの みずほ)は美術室隣の「画廊」と呼ばれる廊下のベンチにぼんやり座ることが増えていた。 ここはいつも静かだった。 ここには美術における歴代の成績優秀生の作品がずらりと飾られており、私はそれらを鑑賞するのが好きだった。 中でも特に気に入っているのは、「安田さん」というタイトルの板彫りだ。 三十センチ四方ほどの平らな板に彫られた「安田さん」は、華を感じさせる面長の女子生徒であり、黒光りするニスも柔らかく、いつも斜め前方を見つめていた。 それについて美術部に所属する顔見知りの拓斗は、 「『安田さん』は十何年も前の部長だったらしいぞ。今も、隣の胸像と一緒になって通行人を見張っているんだ」 と語ってくれた。 高校生の割に普段から渋い口調の拓斗だが、将来設計も堅実だった。 彼は各教科でコンスタントに好成績を収め、美術の分野でもそれなりの賞に入賞していた。そして大学の教育学部に指定校推薦を狙っていると少し前に本人から聞いた頃には、勉強に注力するためか部室の前で彼を見かける回数もすくなくなっていた。 何も決められない私とは違う。尊敬するというか、とにかくうらやましい。 その拓斗によると、安田さんは悪い生徒を見つけると、目をビガーっと光らせて、絵画の背景を彩るぼんやりした花の一部にしてしまうのだとか。 この「安田さん」は十年以上も前の卒業生の制作らしいが、もはや作者不明となっていることも七不思議がつきまとう一因なのだろう。
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