画廊の安田さん

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彫刻の目が光るなんて笑ってしまうような七不思議だが、「画廊」はそのような少々ひやりとした場所なので、放課後ともなると非常勤の美術教師と細々と活動する美術部員以外は、その場所を通る人はほとんどいなかった。 その日私は画廊のベンチに腰掛け、お気に入りの「安田さん」ではなく、その隣の「木漏れ日」というタイトルの油絵に描かれた男子生徒を見るともなしに眺めていた。 先日、とうとう教師から大まかにでも進路決定を行うようにと通告されてしまった。 推薦を狙う生徒は入学時から評定平均と推薦先を意識している。 一般入試に挑戦する生徒も、教科を絞り込みつつある。 ここは進学校なのだから、こういう流れになるのは入学前から知っていた。 「化学が得意だし、薬学とか、家政学とか……」 「実験が好きなら、環境が整っているところは……」 教師は親身になりいくつか提案をしてくれたが、決められないものは決められなかった。 干渉して来るタイプではない両親も、タイムリミットが近づいていることをほのめかし始めた。 両親は私が何を選んでも、その選択を尊重し、学費を出してくれるだろう。 (でも、私が本当に好きなことは。) 私は、不甲斐ない自分に焦りや後ろめたさが増すばかりだった。 この頃は、眼差しがまっすぐ過ぎる「安田さん」ではなく、その隣の「木漏れ日」で意味深に明後日を向く、ひねくれた彼を眺める方が気楽だった。 静謐に包まれ、自分の呼吸音がやけに大きく聞こえる場所、こんな陰気な空間が今の私にはぴったりなのだ。 黄昏が迫り、廊下に落ちた影が急に伸び始めた。
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