画廊の安田さん

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「安田さん」の隣の「木漏れ日」に描かれている彼は、描き手に背を向ける角度で椅子に腰かけていた。 目にも涼しい夏服の白いシャツ、男子にしては長く、柔らかく波打った髪、校庭のクスノキの下で斜め上から差し込む木漏れ日を見上げる大人びた横顔には、眼鏡がかけられていた。 その横顔には、木漏れ日が織りなす曲線的な陰影が様々な濃淡をつけて描きこまれ、更に背景には惜しみなく陽光が降り注ぎ、彼の明るい未来と人生の深い奥行きを暗喩する一面の向日葵が、陰の中できらめく彼の目と見事に対比されていた。 作者名の書かれた紙が黄ばんで読み取れないほど古い作品だったが、かつて我が校は地元の高名な画家を美術講師に招聘していたこともあり、この画廊に作品を飾られた作者のほとんどは、美大などに進学したらしいと拓斗が言っていた。 でも、たとえ先生が高名でなかったとしても、こんな絵を描ける人が進路に迷うことはないだろう。 今の私と同年代だった生徒から有り余る才能を見せつけられ、私はその絵を見るたびにため息を禁じ得なかった。 しかし何度も見ているうちに、私はその絵の謎めいた点に気づいていた。 目立たないように描かれてはいたが、「木漏れ日」で向こうを向いて座る彼の左手には、なぜか茶色の細ぶちの眼鏡が握られていた。 彼自身は、黒い太ぶちの眼鏡をかけているにも関わらず。 私はそのことを拓斗に聞いてみたが、 「気づかなかったな」 と答えるだけだった。
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