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鞄の紐に足をすくわれ、勢いよく転んだ私は、展示ケースの角で額を打った。
ゴンという音が頭の中にこもり、目の前に火花が飛んだ。
「いった……」
私は手で額を押さえ、うずくまった。
血は出ていないが、ケースの線が入ってしまったかも知れない。
前髪で隠しきれるだろうか。宮野先生に何と言おう。
痛みに鞄を手放し、壁に手を当てて腰を上げようとしたとき、頭上で、軽い扉が軋みながら開くような音がした。
ぶつけた衝撃で展示ケースの扉が開いたのだろう。
古い家のようなにおいが流れ出してきているから。
(……でも、そんなに簡単に開くような扉があっただろうか)
私は、緩慢な動作で額から手を離し、目をしかめながら顔を上げようとした。
ひんやりとした何かが、私の首筋を後ろから優しく押さえつけ、邪魔をした。
その冷たさに私は身震いした。
顔の代わりに手を上げると、先ほどまで、そこにはなかったはずの硬くて冷たい感触があった。
うつむいたままの私は、鈍く光る床を見つめながら息を詰め、ゆっくりと首を巡らせた。
ミロのヴィーナスを思わせる石膏の顔が、死者を思わせるうつろな目で私を見下ろしていた。
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