妖刀

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         * (落ちつけ)  源之進は目を閉じ、怯えに身がすくみそうになる自分に向かって、そう言い聞かせた。 (妖刀などに負けてはならぬ)  戦国の世から二百年たったいまも、武士にとっては日々がいくさ場である。負けるわけにはいかない。  みごとに罪人の首を切り落として見せれば、牢役人への転身が約束されている。不浄役人とはいえ、石高が少し上がる。岡田家の将来がかかっているのである。妖刀などに負けるわけにはいかなかった。  目をあけて、まわりを見まわす。  殿さまが臨席できるように、城内の隅に、取り急ぎ設けられた処刑場である。  陣幕を張った前には、殿さまやご家老など、藩の重臣たちが床几に腰かけている。そのまわりには、警護の者たちが槍を持って控えている。  源之進の数歩前には、地面に穴が掘ってあった。径は五尺(約百五十センチ)、深さは二尺(約六十センチ)といったところか。切り落とした罪人の首と血を受けとめるための穴である。  穴の淵には、すでに権蔵の姿があった。うしろで両手を縛られ、ひざまずいている。  陽は高かった。  巳ノ刻(午前十時ごろ)である。  源之進はたすきをかけ、股立ちを取った姿で、抜き身を手に、罪人のほうへ二、三歩近づいた。
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