肆 夕暮れの黒

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 頼まれていた買い物を手早く済ませて、俺は一人黄昏の道を行く。  近頃日が長くなってきた。また会おうと言った月曜日はいよいよ夏至である。暑くなってくるのはこれからだ。北海道にも短い夏がやってくる。  夏といえば学校祭であり、夏といえば球技大会である。六月頭の定期テストが終わってから、七月中旬まで準備期間含めて学校中がお祭り騒ぎとなる。現在お祭り真っ最中だ。現実逃避をしたいがために学校祭のことしか考えていなかったが、スーパーの店内に貼られていたセールの案内用カレンダーに現実を見せられた。今は六月下旬だと認識してしまった。学校祭の前には球技大会があるではないか。非常に憂鬱だ。  俺はあまり運動は得意ではない。寧ろ苦手である。体育の成績は筆記試験で補っている。  練習に参加するのが面倒で学校祭の準備に専念しているが、栄斗が練習側に引っこ抜かれていくのは時間の問題だろう。そうなると芋づる式に俺も練習に駆り出されることとなる。走りたくない、という理由でバレーボールに参加することにしたが、昨年の「打っても打ってもサーブが入らない事件」を再び起こすわけにはいかないのだ。「あいつ勉強できるけど体育は全然なのな」などということを誰にも言わせてたまるものか。  明るく健康的な学生生活において運動がからっきしであるということは周囲からの評価を下げることに繋がりかねないため、俺は文武両道にも努めねばならないのだ。期待が、プレッシャーが怖い。しかし俺は今の位置を失いたくない。しかし、運動ができすぎると必要以上の注目を集めるためほどほどでいいだろう。学業以外ではつつましやかに、だ。  中学生と思われる自転車に乗った少年達が俺のことを追い越していった。オレンジ色のコンビニの前で自転車を停め、彼らは店内に吸い込まれていく。  俺も何か買っていくかな。家までの距離はあと少しだが、小さめのパンを一つくらいつまんで帰ってもいいだろう。 「晃一さん」  コンビニへ向かいかけた足が止まる。  声の主を探して辺りを見回すが、姿は見えない。小物妖怪に名前を知られでもしただろうか。名前を呼んですぐ逃げるというからかいをしてくるだけなら無視してもいいだろう。  妖に関わると厄介だ。コンビニはまた今度にして今日はさっさと帰ろう。  踏みつけてしまっても困るので小物妖怪を探しつつ下を向きながら歩き出すと、前方を行く自分の影が黒い何かに重なった。誰かの足である。中心にしっかりと折り目が入っている黒いスラックスに、夕日を受けて光っている高級そうな黒い革靴。  俺は立ち止まって顔を上げる。そして、その姿に言葉を失った。  背丈は俺とあまり変わらないか、向こうの方が少し高いくらいだ。すらりとした細身のシルエットが際立つ黒いジャケットを纏い、首元には薄紫色のネクタイをしていた。ネクタイには翼を模したピンが付けられている。服装だけを見れば品の良さそうな紳士である。  しかし、そんな紳士のイメージを打ち砕く物体が彼の顔面にくっ付いていた。俺が驚きと共に声を飲み込んでしまった原因だ。  これはなんだ。  これは、お面である。地は黒く、紫と青で塗られた瞳がこちらを睨み、大きな嘴が噛みしめられ、皺や血管の表現なのだろうか、顔の数か所に青い線が走っていた。頭には山伏が被る兜巾(ときん)が乗る。すなわちこれは、烏天狗(からすてんぐ)の面である。 「こんにち……。こんばんは、朝日晃一さん」  お面の男が言った。面越しのためややくぐもっているが、先程俺の名前を呼んだ声と同じだった。  呆然としている俺に対して小首を傾げながら、彼は「ふふっ」と笑った。
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