肆 夕暮れの黒

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 この男は神だ。提示された情報からは他に考えられない。それが俺に向かって力を貸してくれと言った。普通神様はお願いされる方であって、お願いする方ではないだろう。神社ではお願い事をするのではなく感謝を伝えましょうという話を聞いたこともあるが、これはそういう問題ではない。 「神が万能の存在とでもお思いですか。八百万(やおよろず)という言葉の通り、ありとあらゆる神がこの葦原(あしはら)及び高天原(たかまがはら)に暮らしています。柱数(にんずう)が多ければそれだけ問題も起こるというもの。人の子と変わりません」 「はあ……?」 「そう、人の子と同じなのです。神も時に悩み、憂い、迷うのです。最も、私は神とは言えないのかもしれませんが……。とにかく、あなたの力が必要なのです。どうか私を助けて下さい」 「困ってるってこと? 紫苑様は」  紫苑は大きく頷く。  この神様はどうして俺を指名したのだろう。人ならざる者を見ることができる人など探せばかなりの数が見つかるだろうし、面を着けることで普通の人からも見えるようになるのならば誰にでも頼めるはずだ。  俺でなければならない理由があるということか。この漆黒の神は俺の目の色について言及していた。こいつの相談に乗ってやれば、緑色の瞳について何か知ることができるかもしれない。  これも何かの縁だ。話くらいは聞いてあげてもいいだろう。無視して祟られるようなことがあっても困る。 「俺にどうしてほしいんです」 「助けて下さるのですね!」  紫苑は俺の手を取った。両手で包み込んでぶんぶんと上下に振る。面で表情は分からないのだが、ものすごく喜んでいることは十分すぎるほど伝わって来た。  俺から手を離し、紫苑は面を軽くずらす。 「ありがとうございます! ありがとうございます、晃一さん。私は、翼を取り戻したいのです。失われた、私の翼を」  夕暮れを飲み込んで夜に変えてしまいそうな漆黒が、俺を見て優しく笑った。
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