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伍 神様とカレーライス
「神様ってカレーライスとか食べるんですか? 夜食にするって言えば、ちょっとくらいなら持って来られると思うけど」
怪しすぎるお面男と路上で会話を続けたくなかった俺は、紫苑に面を外させて家まで連れて来た。夕食後にゆっくりと話を聞いてやるということを伝えると、何の警戒もなくほいほいと付いて来たのだ。俺が実はとてつもなく悪い人間で、神を利用しようと企んでいるなどという可能性は考えていないのだろうか。
床に広げた古新聞の上に脱いだ革靴を置いていた紫苑が振り向く。
「食事は特に必要ありません」
「分かった。じゃあ俺が戻って来るまで待っててください」
「あっ、待って。待ってください晃一さん」
慌てて立ち上がると、紫苑はドアノブに手を伸ばしていた俺に詰め寄って来た。眉目秀麗という言葉がぴったりな顔面をぐっと近付ける。目を合わせると吸い込まれてしまいそうな漆黒の瞳には、薄っすらと紫色が揺れている。
呼び止める声に振り返ると同時に、急な接近に思わず後退った俺はドアに背中をぶつけてしまった。
「近い」
「はい?」
「もう少し離れてください」
「すみません、失礼しました」
紫苑は数歩下がる。
「えっと……。晃一さん。カレーライスとは、あのカレーライスですか」
「どのカレーライスかは知らないけどカレーライスです」
「ご飯の上に野菜や肉の入ったとろりとしたスープがかかっている、あれですか。ぴりりと辛いあれですね」
給食のメニューを訊ねる小学生のようだ。食事は不要とのことだが、その割に食事に対して興味がある上に貪欲だ。
「食べたいんですか?」
「食物を摂取すること自体には特に意味はないのですが……」
「食べるんですか? 食べないんですか?」
「うぅ……。わ、私っ! 人の子がどのようなものを食しているのかとても興味があるのです!」
真っ暗な漆黒が爛々と光っていた。闇が光るなどありえない。けれどそれは間違いなく、好奇心に満ちたきらきらした瞳だった。
身目麗しい外見はおおよそ二十代半ばくらい。丁寧で穏やかな言動は由緒正しい家庭で育ったお坊ちゃんを感じさせると共に、見た目よりもさらに大人な雰囲気を作り出している。しかし、時折見せる反応が子供の様に純粋で、慌ててわたわたとしていることもあり、どことなくポンコツな感じが否めない。威厳溢れる堅物かと思ったが、接しやすい天然のようだ。
「あんた面白いな」
「友人に面白い話をしてほしいとせがまれることはありますが……」
「カレー持ってくるから、それまで待っててください」
おとなしく待っていますね! と紫苑は言う。神様を連れてきたというよりも、なんだか動物を拾って来た気分である。
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