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陸 追い駆ける者
図書館に籠っている間に俺の日曜日は終わり、月曜日がやってきた。先日持ち帰っていた学校祭の装飾品を手に教室に入ると、朝から元気なクラスメイト達の雑談に出迎えられた。教室には全体の三分の二ほどが揃っている。家が学校に極めて近い連中はいつも通り遅刻ぎりぎりで登校してくるのだろう。
教室後方の共用の棚に装飾品の入った袋を放ってから席に向かう。
「おう、朝日。掲示板見たか?」
「見てない」
「朝日君、この間の定期テストの順位貼り出されてたよ」
「そうか」
「強者の余裕だなあ、朝日は」
ドアの横の連絡用掲示板に、学校祭までのカウントダウンカレンダーと一緒に定期テストの順位表が貼られている。椅子に座るどころかリュックを下ろす余裕すら与えられずに、数人に引き摺られて俺は順位表の前に立たされた。
教科ごとの順位では現代文と日本史が満点で一位である。他の教科はいずれも十位以内に収まっている。結果として総合一位だ。
すごいすごいと囃し立てられるが、次回のプレッシャーが更に重くなるだけである。頑張れば頑張るほど期待がのしかかり苦しくなるが、頑張らないわけにはいかない。
取り囲んでくる数人を押し退けて席に着くと、栄斗がにやにや笑いながら待っていた。
「晃一ぃ、さっすがー」
「朝から疲れる」
「二年生になって最初のテストだし? 去年違うクラスだったやつらにとっては初めてなわけじゃん。やっぱ朝日晃一ってやっべえなって実感してんだよ」
「おまえはランキング載ってみようとか思わないの」
栄斗は手にしていた本を閉じる。表紙には鳥居の写真が載っており、日本各地の神社について書かれている本だということがタイトルから分かった。こいつもこいつで、将来へ向けて勉強をしているということか。
「俺はワーストランキング上位常連だからな! これからも維持したい! わはは」
前言撤回。こいつはやはり勉強する気がないらしい。
「そんなもん維持するな」
「ふふん、俺はオマエと違って大器晩成だからな」
「ふーん」
塵も積もればなんとやらって言うだろ! と栄斗は神社の本を広げた。先程は隠れていて見えなかった帯に踊る文句が目に飛び込んできた。『今行きたい開運パワースポット!』とある。これは神社を勉強する本ではなく観光用の本だ。栄斗、おまえってやつは本当に……。
俺は暮影神社の将来がとても心配だ。
「……なあ栄斗、おまえ神様の名前とか詳しいか」
「お? どうしたどうした。オマエ神様に興味あるの」
「ちょっと訊きたいことがあって」
「珍しいこともあるもんだなあ。よし、訊いてやる」
「雨影夕咫々祠音晴鴉希命っていう神様知ってるか」
栄斗はきょとんとして俺を見つめる。そして、徐々に眉間に皺が寄って行く。教科書の内容を説明してやってる時と同じ顔だ。
「あま? あま何? それ名前?」
長い名前を何度も言って訊ねる気にはなれないので、俺は「知らないんだな」の一言で済ませた。
十一文字で表記される難解な名前を諳んじることができるようになったのは昨日の昼過ぎ頃である。最初に名前を書いて見せてくれた手帳のページが破られて机の上に乗っているのを、土曜日の夜中に見付けた。紫苑と呼べなどと言っていたが本名は覚えておいてほしいということなのだろう。
眉間の皺が取れてきた栄斗がパワースポット特集の本をぱたぱたと動かす。
「神様ってのはいろんなのがいろんなとこにいるんだぜ? 古事記とかに載ってる神様が全部じゃないから、名前を知らない神様の方が多いって」
「そうなのか」
そうなのか、というか、それくらい分かっている。日曜日中図書館にあった神話の本やネットをあさっていたのだ。それでも見付けることができなかったため、もしかしたらと思ってこうして腐れ縁幼馴染に尋ねたのである。確かめたかったのは栄斗が知っているのかどうかだ。
「でも、そのー、あまなんとか? 漫画かなんかのキャラのモデル?」
「いや、なんでもないんだ」
神様に会ったなんて言ったら大笑いされそうだ。やめておこう。
「教えろよー、気になるだろー」
「忘れてくれ」
「隠し事すんなって。俺とオマエの仲だろ」
「ちょっと、こーちゃん、日和ちゃんにまた何かやったんじゃないでしょうね」
突然美幸が割って入って来て、俺達の会話は途切れた。失敬な。またとは何だ、またとは。
美幸は日和の席をちらりと見てから、俺を睨みつけた。小柄な美幸に見下ろされることは滅多にないが、こちらが座っているため今はその状態である。制服に最初から付属しているものとは異なるデザインのリボンが俺よりも上にある。
「日和ちゃん元気ないんだけど」
俺に言われても困る。
「晃一ぃ、オマエまたスカート捲ったのか」
「捲ってないし掴んだだけだし不可抗力なんだ。もうあれは忘れてくれ本当に」
「後でこーちゃんが自分で聞きなさいよね」
どうしてそうなるんだ。
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