壱 旧鼠と卵焼き

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 ――俺の目には人ならざる者達の姿が映る。  最初は五歳の時だった。家の庭で尻尾が二股になっている猫を見付けた。おかしな猫がいると母に伝えたが彼女には見えていなくて、後でそれが猫又という妖だと知った。人ならざる、とは言えないかもしれないが、どうやら幽霊も見えるということが小一の時に曽祖父の葬式で分かった。見えるということ自体には困ってはいない。しかし、今日のようにいたずらをされると非常に困る。  俺が妖に振り回されていても、周囲の人間には俺が一人で奇怪な行動をしているように見えてしまう。今日は思わず旧鼠を追い駆けてしまったが、軽率な行動はしないに限る。 「なあ晃一ぃ、オマエ進路って決めた? 進路希望調査の提出次のホームルームじゃん。まだ二年なのにさ」  何か別の話題はないか。と悩んでいたらしい栄斗が口にしたのはそんな言葉だった。もしかしてまだ書いてないのか。 「あっ、一応書いたんだぜ? 親父にここにしろって言われて、適当に。ほんとは北海道から出たくないけど、仕方ないし」 「家継ぐんだろ」 「うん、そう……。だから資格が必要で、選択肢限られてるし……」  俺は空になった弁当箱に蓋をする。 「俺は札幌にでも行こうかと思っている」  メロンパンの入っていた袋を縛っていた栄斗が目を見開いた。 「札幌ぉ!? 都会じゃねえか!」 「おまえはそもそも内地じゃないか」 「いやいやいやいや、俺とオマエは違うじゃん。だってあれだろ? 札幌って、オマエのことだから北大に行くんだとか言っちゃうんだろ?」 「そのつもりだ」 「ははー、さすが学年主席ですなあー。すっごいですなあ、晃一く~ん」  そういう嫌味たらしい言い方はやめてくれ。別に好きで学年主席になったわけではない。テストの度に注目されることには正直参っている。期待とプレッシャーがこの上なく恐ろしいのだ。  平穏な学校生活を送りたい俺は、本音を言うと目立ちたくない。しかし学年主席という位置は嫌でも目立つ。そのため、学業以外の部分では視線を集めないようにつつましやかにしているのだ。見えないネズミを追い駆けただとか、女子のスカートを掴んだだとか、そういう情報はあまり広まってほしくない。  すごいすごい、と棒読みで俺のことを称えている栄斗には、俺の苦悩はおそらく理解できないだろう。万年赤点ギリのこいつに分かられてたまるか、という気持ちもなきにしもあらずだ。本当にもう真面目に勉強した方がいいと思われる。星影市内で特に歴史のある神社、暮影(くれかげ)神社の跡取りなのだから。神職の資格をとることのできる学校に行くことができなかったらどうするのだろう。危機感を持つべきである。  俺の心の中での忠告はもちろん栄斗には届かない。届いたら逆に怖い。  ほどなくして昼休み終了のチャイムが鳴った。思い思いの席に着いていた生徒達が自分の席に戻って行く。俺は元々この席なので、椅子の向きを戻すだけで済む。俺達が挟んでいたのは後ろの栄斗の机である。黒板側に向き直ると俺の机だ。  五時間目のロングホームルームでは進路希望調査書の提出後、学校祭の話し合いをする予定だ。  がやがやという生徒達の喧騒が止まぬうちに本鈴が鳴り、担任の時田(ときた)が教室に入って来た。
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