弐 ブナ林の少女

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 かくして、土曜日。俺達腐れ縁幼馴染みトリオはバスに揺られて日和の暮らすブナ林へやって来た。  短い夏に収まりきるのかという程のセミの鳴き声がする。その音だけで暑さを感じてしまうが、生い茂る木々の葉が揺れる音からは涼し気な雰囲気が漂っていた。星影市は近年過疎化が進みつつあるが、現状の人口は二万数千なのでまだまだそれなりに規模のある街である。ビルが並び住宅街が林立する中心部と、南部を占拠せんとするブナ林から構成されている。すなわち都会と田舎のいいとこどりである。  俺達腐れ縁幼馴染みトリオの最寄りのバス停からここまでの所要時間は約二十分。俺達が暮らすのは学校から徒歩十五分圏内だが、日和は毎日この道をバスに揺られて登校しているのだ。起床時間や準備の時間を考えると、自分は地元民でよかったと思う。朝はゆっくり過ごしたい。  バスから降りると、日和が出迎えてくれた。薄っすら花柄のワンピース姿である。おとなしめの印象を受ける格好であり、大きな柄の描かれたTシャツにショートパンツという美幸とは対照的なファッションだった。裾が風に揺れている。 「ようこそ、星影のブナ林へ。えっとね、うちはあっちなんだ。ちょっと歩くけど」  ブナ林、と言ってもここはまだ自然が好きな人々や農家が暮らしている部分で、幹線道路が走り点々と家や畑が並んでいる。もっと外れに行くと文字通りの林、森、森林地帯である。  日和に案内されながら歩いていると、どこからかコツコツという音が聞こえて来た。音を探して辺りを見回すが見えるのは木と電線だけだ。何の音だろう、と思っていると日和がキツツキだと教えてくれた。この辺りにはキツツキが住んでいるらしい。  やがて、前方に青い屋根に薄黄緑の壁の家が現れた。隣には赤い屋根に黄色い壁の家があって、どちらも絵本に出て来そうなかわいらしい家だった。野鳥の餌台がある赤い屋根の家の庭で、丸眼鏡のおじいさんが野菜の手入れをしている。 「おじいちゃん、おはよう」  日和に声をかけられて、おじいさんが顔を上げる。軽く髭を伸ばしている優しそうな笑顔のおじいさんだ。 「ああ、日和ちゃん、おはよう。おや、お友達かい」 「これから学祭の下準備なんだ」 「そうかい、頑張ってね」  おじいさんに挨拶をしながら俺達は東雲家に踏み込む。そして日和の部屋に案内されるなり、美幸が歓喜の声を上げて窓辺に駆け寄った。 「日和ちゃん、この子が淡雪(あわゆき)ちゃん? かわいい!」  窓が開いていて、近くに鳥籠が置いてある。その傍らに水色のセキセイインコが座っていた。インコがいるのは籠の中ではなく外である。 「東雲ちゃん、インコが籠の外に逃げちゃってるよ!」 「大丈夫大丈夫。小暮君、心配無用なのだよ。ふふふ」  得意げに不気味な笑みを浮かべながら日和が窓辺に歩み寄る。すると、外の景色を眺めていたインコが気配に振り向き、「オネーチャン! オカエリ!」と奇声を上げた。 「ユキはいい子なんだ。ちゃんと、ここが自分の家だって分かってるし、外に出たら危ないって分かってる。だから籠から出して自由にさせてもいなくならないんだよね。ね、ね、いい子だよね! ね!」 「ネ! ネ! ユキ! イイコ!」  そういう問題なのだろうか。インコがおとなしくしていても、窓が開いていれば野生の動物に襲われる危険性はある。  デレデレとインコの淡雪に対してだらしない顔をしていた日和は、俺達の視線に気が付いて一瞬真顔になった。何事もなかったように微笑み、「麦茶持ってくる!」と部屋を出て行く。 「日和ちゃんはね、ノーインコノーライフなのよ。そんなになるなんてどんだけかわいいんだって思ってたけど、実際見てみると本当にかわいいのね、淡雪ちゃん」 「東雲ちゃんの意外な一面を知ってしまった」  壁に掛けられたコルクボードに鳥の写真が貼られていた。大半は淡雪のものだが、野鳥のものもあるようだ。木に留まるクマゲラとアカゲラ、空を飛ぶフクロウ、おじいさんの庭の餌台に群がるスズメ、こちらもおじいさんの庭と思われる花壇に座るカラス。シジュウカラやサギの写真もある。特に好きなのがインコなのであって、鳥が全般的に好きなのかもしれない。どれもいい写真だ。  栄斗と美幸が淡雪と会話にならない会話をしているのを聞き流しながら写真を見ていると、ほどなくしてグラスの載った盆を手にした日和が戻って来た。 「よし、やろう」  盆をミニテーブルに置いて日和が言う。それを合図に、俺達は持参した画用紙や厚紙を袋から取り出した。
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