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参 邂逅
画用紙を切ったり貼ったりという作業は簡単なものであるが、何分も続けていると飽きてくるものである。幼稚園児の頃から工作の時間は苦手だ。これならば机に向かって参考書を眺めている方がはるかに有益であるし楽である。しかし、俺の考えに同意を示すような者はこの場にはいない。
栄斗も美幸も日和も、おしゃべりを交えて実に楽しそうに鋏やペンやスティックのりを動かしている。皆はこういう作業の方が好きなのだ。
「朝日君、さっきから黙ってるけど元気ない?」
画用紙に下絵を描いていた日和がこちらを見た。盛り上がっている中でおとなしくしていればそう受け取られても仕方がない。
「いや、別に」
元気がないわけではない。三人が話しているバラエティ番組とお笑い芸人の話題についていけないだけだ。
朝日家のテレビに映し出されているものは大抵ニュースであり、時々妹が見ているアニメやドラマが流れている程度である。俺はニュースで情報を集めることが好きだし、暇だったら妹と並んでアニメやドラマを眺めている。そのため、俳優のことは多少把握しているが、お笑い芸人には疎いのだ。
「その番組よく分からな……」
「東雲ちゃん、晃一はガリ勉だからこういう学校行事の作業は無駄だって考えてんだよ」
「そうよそうよ! 中学校でもそうだったもんね! こーちゃんガリ勉さんだから問題集やってる方が楽しいのよ」
「まあそうだな。でもそうじゃなくて。おまえ達の話してる番組のこと知らないから会話に入りにくくて」
「ほらなー! やっぱガリ勉だから知らねえって言ったじゃん!」
「は?」
栄斗は鋏を持っていない方の左手で俺を指し示す。
「東雲ちゃんがな、オマエが流行りの芸人知ってるかなって言うからたぶん知らねえぞって言ったんだ」
「こーちゃんバラエティ見ないもんね」
「知らないの、朝日君……。めちゃくちゃ流行ってるのに……!」
「……別に知らなくても困らないだろ」
「困ってんじゃんこーちゃん! 会話に入れなくて!」
面倒臭くなってきた。
栄斗の手を払いのけ、俺は作業を再開する。これ以上付き合っていると作業に使う体力が持っていかれる。
「あー、悪かったって晃一。拗ねんなよ」
「拗ねてない。おまえと話すと疲れる」
「怒った?」
「怒ってない。おまえは今日も元気だなって思ってる」
「へへ、ありがとよ!」
「ハルくんそれたぶん馬鹿にされてるよ」
その後、「朝日君も参加できるようにしりとりでもしようか!」という小学生のような日和の発案に栄斗と美幸が大いに乗り、俺は巻き込まれることとなった。しりとりをしながら作業を続けていた俺が手を止めたのは、大きな羽音が聞こえた時である。インコにしては大きな音だったので淡雪ではないだろう。
顔を上げて窓辺を見た俺の目に飛び込んできたのは、異様なほど美しい黒だった。淡雪の隣にカラスが一羽留まっている。
一瞬、その黒に見惚れた。まさに烏羽色というような、美しい黒だった。真っ黒なはずなのに、青に緑に煌めいている。そして、目が合った。深い深い漆黒の瞳だった。じっと見ていると、吸い込まれそうになる。
「オハヨー」
淡雪の奇声で俺は我に返った。
「日和、おまえのインコがカラスに狙われてるぞ」
「えっ? あー、平気平気。夕立はユキの友達だもん」
何を言っているのだこいつは。
「お隣のおじいちゃん、雨夜陽一郎さんっていうんだけど、このブナ林のボスなの。おじいちゃんの家にある餌台って色んな動物が来るんだけどね、常連さんはみんなおじいちゃんに懐いてて、いい子たちなんだ。中でも、夕立はスーパー真面目紳士だからね」
籠の外に出ているだけでなく、このインコは野鳥との交流もあるようだ。日和はインコだけでなく、おじいさんの庭を訪れる野鳥のことも随分と信頼しているらしい。花壇にいるところが写真に撮られていたカラスはこの夕立だろうか。
それにしても真面目なカラスとはどういうことだろう。ゴミを漁っているイメージが強く、あまり想像できない。夕立というカラスはゴミを漁らないとか、人を襲わないとか、そういうことだろうか。
考え込む俺を余所に、栄斗と美幸は何やら盛り上がっていた。作業を放り出して、夕立に詰め寄り囃し立てている。
「すっげー、真面目なカラスかー」
「どの辺が真面目なのかなー」
初対面の人間二人に迫られ、夕立は居心地が悪そうに身震いした。淡雪が間に入って「ヤメテー」と奇声を上げている。
「日和、馬鹿二人は放っておいて作業を進めよう」
画用紙にカッターを滑らせる俺を見て、日和は真面目な顔で言う。
「朝日君、馬鹿かそうじゃないかを自分の学力と比べて決めちゃ駄目だよ」
「比べるまでもなく昔からあいつらはお馬鹿さんだよ」
俺がそう言うと、日和は「朝日君が突っ込みのトリオ漫才だもんね」と言ってくすくす笑った。失礼なやつだな。
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