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栄斗と美幸と、三人で漫才をしているつもりは全くないし、そもそもお笑いユニットを組んだ覚えはない。しかし自分でも「腐れ縁幼馴染みトリオ」を自称してしまうので三人組だという認識はしているようだった。
二人と出会ったのがいつのことだったかを俺は覚えていない。暮影神社の熱心な氏子だった俺と美幸それぞれの祖父と、当時宮司を務めていた栄斗の祖父が元々懇意にしており、その縁が孫の世代まで繋がっているのだ。物心ついた時には三人一緒に過ごしていたし、よく遊んだ。あの頃はまだ俺にもかわいげがあったと思う。
小学校高学年頃だっただろうか。二人が馬鹿になり、対称的に俺がおとなしくなったのは。一緒にはしゃぐことに疲れてしまった俺は、一歩引いたところで「またなんかやってるな」と見守ることにしたのだ。
成績が跳ね上がったのもその頃であり、それと同時に「朝日君あまり笑わないよね」と言われるようになった。笑ったり泣いたり怒ったりすることに体力を使うのならば、その分を勉強に使った方がいい。周囲から集まる期待に応えるため、俺は勉強に専念するようになり、表情や感情を削り、そしてその結果獲得した成績によって更に期待され、という循環を繰り返している。
この循環がいい物なのか悪い物なのかは分からない。成績が上がることはいいことだが、それを維持し続けなければならないのは苦行である。しかし期待に応えられずに失望されることが怖くて、俺は今の位置にしがみ付いている。臆病者なのだ、俺は。
「かあ、くわあぁ」
手元にあった画用紙を切り終わったため、次はどうしようかと手を止めたところで夕立の鳴き声が耳に入って来た。
俺が回想しつつ作業をしていた間中、栄斗と美幸はずっとカラスのことをいじっていたようである。居心地の悪さに耐えかねた夕立が飛び立ってしまい、残された淡雪は見るからにしょんぼりしている。
「あー、飛んでっちゃった」
「どの辺が真面目なのかよく分からなかったわね」
「あれだけ近付いても襲ってこないところとか?」
考察は後にしてさっさと作業を再開してくれ。
無意識に溜息が漏れる。そんな俺を見て日和が小さく笑っていた。
「日和」
「あ、ごめんごめん。三人を見てると本当に面白いなって」
「そうじゃなくて」
飛び去った夕立の残像を探すように淡雪が外を眺めていた。日和の部屋からはおじいさんの庭の餌台が見える。木の実や虫など、自然に摂ることのできる餌が多い今の時期は特に何かが置かれているわけではないようだ。しかし、鳥達の休憩場所として人気があるのか餌のない板の上にムクドリが座っていた。
「あのカラス……。夕立、ものすごく綺麗なんだな」
「あぁ、そうだね。うん、怖いくらい綺麗だよね。あたしも最初見た時びっくりしたもん」
日和は油性ペンの蓋を閉めると、立ち上がってコルクボードの方へ歩いて行った。写真を数枚剥がして戻ってくる。
「ユキと特に仲良くしてくれてる鳥さんが三羽いてね」
並んで木に留まるクマゲラとアカゲラ、そして花壇に座るカラスの写真を指し示す。
「カラスの夕立はねえ、最初ユキのことを襲ってるんだと思って追い払ってたんだけど、いい子だって分かってからは自由にさせてる。あと、クマゲラの時雨とアカゲラの白露がよく遊びに来てくれるんだ。時雨はたぶんユキのこと好きだよ。分かるんだ、ふふふ」
「名前はおじいさん……陽一郎さんが?」
「うん。鳥とか動物とか、庭によく来る子には名前が付いてるね」
シジュウカラやフクロウの写真も広げ、「この子も」「この子も」「おじいちゃんが手懐けてる」と日和は教えてくれた。ブナ林のボスという名も伊達ではないらしい。恐るべし雨夜陽一郎。
そして、改めて夕立の写真を俺に見せる。
「他の子と比べると分かると思うんだけど、本当に綺麗なんだよね」
誰かに飼われているのだろうか、というくらい毛艶がいい。写真でも分かるくらいに美しいのだ。美しさも、目が合った時の感覚も、普通のカラスではない何かを感じさせた。
「朝日君、夕立のこと気になるの?」
「あまりにも綺麗だったから」
「いつでも見にきていいよ。おじいちゃん歓迎してくれると思う」
「いや、そこまでしなくても大丈夫かなあ……」
あの時、漆黒に捉えられた時。固い嘴が笑ったように見えた。
「晃一ぃ、オマエサボんなよなー!」
「休憩だ休憩。ずっとサボってたおまえが言うな」
麦茶を一口飲んで、俺は作業を再開した。
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