34人が本棚に入れています
本棚に追加
肆 夕暮れの黒
日没前に作業を切り上げ、月曜日学校に持って行く分を分担して俺達は帰路に着いた。
栄斗と美幸も興味の対象を失うと作業に集中し始め、事は順調に進んだ。このまま行けば予定していたよりも早く準備が終わりそうである。他の班の手伝いをする余裕もある。
「いやー、やればできるじゃん俺達。すごいすごい。な、晃一ぃ」
「続きも頑張ろうね。こーちゃん」
「次はサボるなよ」
バスの車窓を眺めながら、まだ元気を余らせている二人に適当に返事をする。俺はもう疲れた。とても疲れた。また騒ぎ出すのではないだろうかと二人のことを警戒し続けて疲れた。
俺は二人の保護者ではないが、つい気になってしまうのだ。周囲から任されて、否、押し付けられている任務なのだが、腐れ縁という関係性が俺を縛り付ける。親友が羽目を外して事件を起こしてしまわないように睨みを利かせることは別に俺の責務ではないのだ。しかし、つい体が、頭が、動いてしまう。ついつい、ついつい、と言って動く俺自身をどうにか押さえつけたいが無理だ。可能ならばこんなに困らないし疲れない。
車内でもおしゃべりを続ける二人に付き合うつもりはないので、俺はショルダーバッグから携帯電話を取り出した。友人のほとんどがスマートフォンを使っている中で、俺は頑なに旧来の折り畳み式携帯電話を使っている。まだ壊れていないのだからこれで十分だ。
サブディスプレイにメールの着信を知らせるアイコンが表示されていた。アイコンの横に母の名前がある。
『何時頃帰ってくるの? 帰りにスーパーで福神漬け買ってきてくれる?』
どうやら今日の夕食はカレーライスのようである。「お願い!」と手を合わせる犬の絵文字が添えられていた。『今バス。了解』と返信し、携帯電話をショルダーバッグにしまう。
丁度そのタイミングで、バスは街中に現れた森の前で停車した。「暮影神社鳥居前」とアナウンスが入る。暮影神社自慢の鎮守の森はそのほとんどが原生林であり、住宅街の中にぽつんと取り残された自然の姿である。
「そんじゃ、晃一、美幸、月曜日な!」
「またねー、ハルくん」
「転ぶなよ」
運賃を支払って降車した栄斗が鳥居の向こうへ駆けて行く。
「日和ちゃんの住んでるブナ林もすごいけどさ、ハルくんちの森もすごいわよね」
「よく残したよな。由緒ある家はやっぱすごいと思う」
「こーちゃんも素直に褒めることあるのね」
美幸が目を丸くした。
「俺だって人並みな感覚は持ってる」
「ちょっと久々に見たかも。昔はもっと優しかったもん」
「……え」
「あっ、いや、今が優しくないってわけじゃないのよ。真面目君に成長したんだなって」
「おまえは親か何かなのか」
「えー、どっちかっていうとこーちゃんがわたしとハルくんの保護者でしょ?」
自覚しているのか。
自覚があるのならばもう少しおとなしくしようとか、俺の負担を減らそうとか、そうは思わないのだろうか。栄斗と美幸がそこまで考えているとも思えないな。俺が保護者であることがさも当然であるかのような態度だ。
車内アナウンスを聞きながら降車ボタンを押すと、美幸は俺と行先表示を交互に見た。
「こーちゃんもう降りるの?」
「お遣い頼まれてるんだ」
「なるほどー。じゃ、またねー、こーちゃん」
「あぁ、月曜日な」
スーパーの横のバス停で降車し、車内から手を振っている美幸に軽く手を振り返す。
バスを降りたため携帯電話のマナーモードを解除すると、狙っていたかのように着信音が鳴った。母からのメールである。
『チーズも買ってきて! とけるやつ! 明香里』
妹からだ。
まだ小学五年生の妹は自分の携帯電話を所持していない。そのため時々母の携帯電話から連絡を寄越してくる。署名があるものは妹からのものだ。
いつものようにカレーにチーズを載せるつもりらしい。福神漬け同様冷蔵庫に在庫がなかったようだ。ということは、俺は福神漬けとチーズを買って帰ればいいのだな。了解した。『分かった』と返信し、スーパーに入る。
店内では現在放送中のアニメのエンディング曲がインストゥルメンタルで流れていた。
最初のコメントを投稿しよう!