第1話 待機殺人

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 警察官ならあのお方を知らない人はいない。  世紀の大泥棒、『怪盗八面六臂』を捕らえてはや十年。  その名をとどろかせて世間を沸かせたものの、ノンキャリアの運命は変えられず、地道に犯人検挙の功績を積み上げてきたことで、ようやく警部補に昇進したのだと聞いた。  この度、采女(うねめ)署・刑事課に配属となり、わたしは彼の直属の部下となった。  陰ながら尊敬していた先輩。  それが飴智(あめち)警部補である。  当時、怪盗八面六臂はどんなお宝も手に入れる大泥棒として全国の警察が警戒していただけではなく、ワイドショーではヒーローのようにもてはやされ、官房長官までもが定例会見で話題にするほど名をはせていた。  誰も素性を知らず、変装が得意なことから、ハリウッドで特殊メイクを学んだ者だとか、美容整形に精通しているとか、実は8人の窃盗集団だともいわれた。  いつもの通り、予告状が送られてきて、管轄署員はまさに威信をかけて張り込んだという。  飴智警部補もその中の一人で、周辺の警戒に当たっていた。  該当の美術品を手にした男が目の前に現れ、飴智警部補曰く「キツネにつままれた気分」で取り押さえたとなにかの報道で見た。  そうこうしているうちに怪盗八面六臂の隠れ家が発見され、大挙して捜索が行われたが、1LKの狭いアパートだったために、息巻いた捜査員がすし詰め状態となって窒息寸前だったらしい。  結局、その狭い部屋からは盗んだ高級品は一点も見つからなかった。  代わりに大量の鍵が見つかった。  戦利品を貸倉庫に隠していたのだ。  盗んだものはほとんど換金されずしまいこんであった。  盗まれたものは持ち主に返ったものもあったが、誰のものかもわからない、持ち主が名乗り出ないものが半数以上あり、遺失物として処理されたが、数ヶ月後にはオークションで売りさばかれ署内の宴会費に消えたとかなんだとか……。  怪盗八面六臂はすぐ出所したとも聞くが、その後何をしているのかはわからない。  そしてまた高級品や美術品が盗まれているという話しも聞かない。  それもこれも強運を引き当てたともいえる飴智警部補のおかげ。  事件は本当に、無事、解決したのだった。
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