はじめはひとつだったけれど

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はじめはひとつだったけれど

「綾香。ドレスは同じのにして、ヘアスタイルだけ変えようか?」 「うーん。いまの流行りってさ、おそろいに見えてデザインが少しずつちがうよね。ほら、テレビに出ているアイドルグループの衣装とか。優香は結婚式では、髪をアップにするんでしょ? 今日はダウンで撮る?」 「綾香! こういうパステルカラーのドレスいいんじゃない? ほら、フリルもたっぷりあるよー」 「いいね、すごくかわいい!」 週末。私たちはフォトスタジオに来ていた。ふたりで写真を撮るために。 胸元が開いたドレスを着るために。 私たちはドレスに着替えると見つめあった。 優香はオフショルダー、私はワンショルダーのドレスだ。ウェストから裾にかけてスパンコールが縫いつけられていて、ふんわりと広がったシルエットだ。髪と化粧はこれからスタッフに整えてもらう。 「優香、似合うよ。優香は髪が長いから、肩を両方出すデザインがぴったりだね」 「ほくろ、目立たない? 淡いブルーのドレスだから、浮いて見えない?」 「もう! 私だって同じほくろ、同じ色のドレスだよ! 目立つならふたりいっしょ!」 「そうだよね」 「ねえ、優香。もし、結婚式でもほくろが目立つなって思ったら……」 私は、優香の胸元、ほくろのある位置にそっと手を置いた。いま、この控え室には私たちしかいない。 優香の心音が伝わってくる。 確かに昔はひとつだった私たち。この心臓を、ふたりでわかちあったときがあった。 これから、私たちが歩む道はずっとずっと離れていくだろう。それでも私は、どこかに私たちが同じときを生きてきた名残りがあると信じている。 それが、この胸のしるし。 私たちが同じ母から生まれたのだという、このしるし。 「お嫁に行く優香が心配だから、私もお父さんもお母さんも、ほくろになってついてきたと思ってよ。ほら、ちょうどみっつあるじゃない!」 「あははは。それ、いいね!」 私たちは手を取り、控え室を出た。ヘアメイクを済ませたあと、スタッフに指示されてカメラの前に立つ。 フラッシュが何度も瞬く。 言われるままポーズを変えた。椅子に座ったり、優香の肩に手を置いたり、ふたりで指を絡ませたり。 優香の頬に手を添えたとき、私は優香を見つめて、心のなかで語りかけた。 ――ねえ、優香。笑って? 優香が家を出ても、私は笑っているから。 ――双子はね、泣くタイミングがちがうの。だから、優香は私が本当に涙をこぼすときがわからないよね。 ――優香、私はね。あなたが結婚すると知った夜に、ベッドに入り天井を見つめながら泣いたんだよ。知らなかったでしょ? ――優香、子供の頃からあなたは私のそばにいた。もしかしたら、お父さんよりも、お母さんよりも、あなたを抱きしめた回数は多いかもしれない。いっしょにいたもの、私たち。 ――一生、寄り添って生きるとさえ思った。でもそれは、できないことなんだよね。 ――あなたは優香。私は綾香。はじめはひとつだったけれど、ちがうひととして生を受けた。 ――いままで近くにいたあなたがどんどん遠くなる、これからは……。あの日々が、あなたと過ごした日々が、思い出になっていく……。 私はこみ上げてくる熱い思いを振り払おうと、繰り返しまばたきした。 いまは泣かない。この涙は、いま流すべきではない。 ――優香が……あなたが私から離れる日に、思いきり泣くんだから……。 「綾香、どうしたの?」
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