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胸のしるしを誇りに
「……ちょっとライトがまぶしくて」
「あ、目をこすらないで。メイクが落ちちゃう。すみません。姉の化粧直し、お願いします」
「ありがとう、優香」
「ふたりで撮る最後の写真になるんだから、かわいく撮ろうね!」
生後百日目。七五三。入学式。卒業式。成人式。
優香と私は、ふたりでたくさんの記念写真を撮影してきた。
「……最後なんて言わないで」
「綾香?」
「せめて、せめて……還暦の写真くらいは、ふたりで撮ろうよ」
「そうだね、そのときは真っ赤なドレスでも着ようか?」
スタッフにメイクを直してもらいながら、私は頷いた。
そのとき、私たちはどんなふたりになっているんだろう。
『中年になると、その人のいままでの生き方が見える』
昔、ある女優が雑誌で話していた。それなら、優香と私は、その頃にはちがう女性になっているのかな。
全くちがうように見えても、この胸のしるしだけは変わらないだろう。
私のこのしるしにも眠っているはずだ。お父さん、お母さん。
――そして、優香。
―――
「優香。年賀状、結婚式の写真にして正解だったよ!」
『そう? なんか自慢してるみたいじゃない?』
「そうやっかむ人もいるかもしれないけどさ。なんかご利益ありそうじゃない? 幸せのお裾分けをいただいた気がするよ」
あれから二年後の元日。優香から我が家に年賀状が届いた。
優香と旦那さんが桜をバックに笑顔で写っている。優香は胸元の開いたウェディングドレスを着ている。
『綾香。あの計画はうまくいきそう?』
「うーん。もう、ひと押しなんだけどさ……」
私は電話を切った。母は、優香からの年賀状と、ドレス姿の私と優香が写った写真を見つめている。
「ねえ、お母さん。お母さんもドレスを着たくなったでしょ?」
「そうだね……いまの服はすごくおしゃれだね。でも、この歳になって……」
「じゃあ、お父さんもいっしょに撮らない?」
「俺もドレスを着るのか!?」
「んなわけないでしょ!? お母さんが綺麗に撮影するんだから、お父さんもいっしょに撮るんだよ! タキシードとかを着てさ!」
「……母さんはいまでも綺麗だぞ?」
「……お父さん。そんなお母さんが、もっと、もーっと、綺麗になるんだよ?」
「……う」
「見たくありませんか?」
「……見たい!」
「はい、決定ー! やったね、お母さん!」
「綾香。あまり派手なドレスは恥ずかしいから……地味なの、地味なの、ね?」
「なに言ってんの。気に入ったドレスを着るのよ! 遠慮しちゃダメだよ。……あ、もしもし、優香。お母さん、撮影するって。お父さんもいっしょだよー」
『本当、やったー!』
「ね、ね。ふたりが撮るときに、私たちも見に行こうよ」
『行こう、行こう』
「なに言ってんの、綾香! 優香! 恥ずかしいから、ふたりで行くよ」
「優香、いつ頃なら空いてる?」
『えっと……』
「おい、綾香!」
「綾香は昔から変わらないねえ……思いついたら突っ走るところは……」
私は父の声も母の声も聞こえない振りをして、優香の予定をメモした。
電話をかけながら、壁に目をやる。
リビングの壁には、押し花――優香の結婚式のブーケを加工したもの――が飾られている。
結婚式が終わる直前に、優香と交わした言葉を思い出した。
ウェディングドレスを着た優香は、本当に、本当に、美しかった。
「綾香。花嫁のブーケって、本当にジンクスがあるのかな?」
「そうだね……鰯の頭も信心から、って言うくらいだから、信じれば結婚できそうだよね」
「それなら、私のブーケは綾香にあげる。綾香って責任感強いから、『優香の分まで親の面倒を見る』って言いそう」
「そんなことないけど……でも、しばらくは、ひとりの時間を楽しもうかなあ」
「失恋でもしたの?」
私は言葉を濁した。
――失恋と似ているかもね、優香。
――このお別れは、永遠のさよならなんかじゃない。わかっているけれど、あなたは遠くへいく……私が知らないあなたになっていく……そう思うと、さみしくて、さみしくて……。
――でも、この痛みはあなたには教えない。私だけが抱えて生きていくの。はじめてつくった、あなたには教えられない秘密。
私は優香と電話で話しながら、胸元に手を置いた。
優香と私をつなぐ胸のしるしに服越しにふれる。
――優香。私、あなたと双子でよかった。この家に生まれてよかった。このみっつのほくろ、あなたと、お母さんと同じこの胸のしるしを、誇りに思う。
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