呪いをとくために

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呪いをとくために

優香(ゆうか)、結婚おめでとう。 私より先にお嫁さんになるけど、引け目を感じなくていいんだよ。 あなたの喜びは、私の喜び。 お母さんのお腹のなかにいっしょにいて、私たちはいつのまにか、ひとつからふたりになった。だから笑顔になるタイミングも涙を流すタイミングも、同じようで少しちがう。 でも、だれよりも気持ちをわかちあえる。 どんなことがあっても、ふたりで笑って、ふたりで泣いてきたね。 あなたが幸せになるんだから、私はすごくうれしいの。 「綾香(あやか)、私、やっぱり和装がいいかな?」 ソファに寝転がって式場のカタログを眺めていた優香が、私に声をかけた。 優香は、チャコールグレイのハイネックセーターにベージュのベイカースカートを着ている。 私は優香の色違い。ブラックのハイネックセーターとブラウンのベイカースカートだ。 ふたりとも黒のタイツを履いている。 優香も私も、色白の肌、一重の目、癖のないまっすぐで硬い髪質。 ちがうのは髪型だけ。私はセミロング。優香の髪は私より少し長い。来年控える結婚式のために伸ばしているのだ。 私はテーブルに向かって座っていた。電子レンジであたためたココアに息を吹きかけていたが、やめて顔を上げる。 「……優香。もしかして、お母さんの言ってたことを気にしてるの?」 「……うん。だって、目立つでしょ? 私もお母さんみたいに和装にしようかな……」 まったく。私たちの母は、私たちに『呪いの言葉』をかけちゃったな……。 『私はね。胸のほくろが見えるのがイヤだから、和装にしたの。ほんと、ウェディングドレスじゃなくてよかったわあ。ほら、こうして集合写真を撮るじゃない? ドレスなら、シミみたいに写ってたわ』 アルバムにある結婚式の写真を見るたびに聞かされる母の言葉。あの口癖は、優香と私にも刷り込まれていた。 なぜなら、優香も私も……。 優香はソファから勢いよく身体を起こした。カタログをテーブルに置くと、自分の胸元を叩く。 「あーあ。なんで、ほくろなんか遺伝しちゃったんだろー! しかも、鎖骨のすぐ下なんてドレスで隠せないじゃん。ひとつならまだしも、みっつもあるんだよ! ねえ、綾香。私ね、この前ドレスを試着したの。白い服って、ほくろがさらに目立つのー!」 「ファンデーションかコンシーラーで隠せないの?」 「無理だって。シミじゃなくて、ほくろだから」 私たち双子は胸元のみっつのほくろが見えるのがイヤで、襟がつまった服しか着ていない。 でも、ハレの舞台なんだから後悔しないように選んだ方がいいよ、優香……。 いちばん好きな衣装を着たら、いちばん素敵な思い出になるんだよ。 「ハイネックのドレスならいいかなあ。……あ、でもレースの隙間からほくろが見えるかも」 「優香。提案があるの。……お母さーん。お母さんもちょっと来てー!」 さっき思いついたことを、母にも相談したけれど……。 「私はいいよ。ふたりで行ってきな」 「お母さん、いいの? お金は私が出すよ?」 「もう今更、そんな服は着たくないよ」 「お母さん! そんな服なんて言わないでよ! お母さんが昔からグチグチ言うから、だから! 優香がドレスを着るのためらうんだよ! お母さんが和装を選んだことに、だれも間違ってたなんて言ってないんだよ。でも、いまでもお母さんが言うってことは……」 「いいの、いいの!」 母はキッチンへ行き、漬け物の材料をふたたび切りはじめた。 「……綾香。さっきのは言い過ぎだと思う」 「優香、お母さんの味方するの?」 「綾香。あのね。花嫁ってね、とびきりキラキラした自分になりたいの。泣いても、笑っても、結婚式で輝けるチャンスはいちどきり。だから、細かいことも気になるの。……ねえ、綾香」 優香は私の手を取った。優香はドレスを着るために、ちょっぴりダイエットしている。だから手をにぎられたとき、成果が出ていると気づいた。私の手よりも、ほっそりとしていた。 ……もう私たちは、そっくりな双子とは呼ばれなくなるのかな。結婚する優香と、まだ結婚しない私。 「ほくろが気になるのは、綾香も同じなんでしょ? だからさっき、お母さんに当たっちゃったんじゃない?」 「……うん」 「それなら、私。綾香の提案に乗るよ。ふたりで行こうね」 「ありがとう、優香! ふたりで呪いを解こう。……いいえ、お母さんの言葉は、呪いなんかじゃなかったんだ。そうお母さんに伝えるために。みんなで、みんなで笑顔になろうね!」
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