Step.03 アダムとアダムのこどもたち

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Step.03 アダムとアダムのこどもたち

 ある日奇跡は起きた。研究室に産声が響く。 「ようこそ我が研究室へ」  今まさに“透明の袋”の中から取り出した赤ん坊に向かって、満ち足りた様子で微笑みかける男性。彼こそがこの赤ん坊を作出した研究者で、“遺伝的父親”の一人だった。臍帯に繋がれた管を赤ん坊から外し、身体を拭いてベッドに寝かせる。透明の袋はもう一つあった。その中にもう一体の赤ん坊が眠っている。中から取り出してやるとまたひとつ産声が上がった。管を外し、体を拭いてから先程の赤ん坊の隣に寝かせてやる。二人ともまだ目は開いていなかった。特徴などを見分けるにはまだ時間がいりそうだ。確かなのは彼らは遺伝的兄弟で、その両親は今彼らを人工子宮(透明の袋)の中から取り出した研究者――その名を『セツ』という――とそのパートナーで助手の『ヤン』――ともに男性同士であるということだった。受精に使用した人口卵子は女性のものだが、ミトコンドリアDNA以外は受け継がないように編集されているので、その女性の要素はないに等しい。なのでセツはそれを親とは呼ばず、“人口卵子”と呼んだ。  彼はプラスチック製のネームバンドに手書きでこう書いた。『Cain』『Abel』。それを赤ん坊の足にそれぞれ括り付ける。旧約聖書に登場するアダムとイブから産まれた兄弟と同じ名だ。しかしこちらは“アダムとアダム”の子だが……そう思いセツは一人ほくそ笑むのだった。  数年の歳月が流れた。オーナーは既に50歳を越え、褐色だった髪はだいぶ白くなり、頭頂部も少し薄くなっている。彼は今から研究室に赴くところだった。朝方研究者から連絡があったのだ。何か変化があったのかもしれない。浮足立っても良いはずだが、その足取りは落ち着いていた。それは研究者が途中経過を見せたいと言ったからだった。というのも実験は既に成功したと言ってよかった。つまり彼――研究者の【人の精子から二父性のこどもを作る研究】実験は成功していた。「カイン」と「アベル」の後にも同じ方法でこどもの作出に成功している。オーナーとそのパートナーのこどもの作出も成功した。オーナーは満足し、実験はそこで終了してもよかったのだが、研究者は何故かまだ満足していないらしく、実験を継続させてくれと言ってきた。作出したこども「カイン」と「アベル」は順調に成長を続けているし、何の問題もないとオーナーは思ったが、研究者があまりにも強く懇願してくるのでやむを得ず実験の続行を許可したのだ。  無機質な廊下を抜け、目的地の研究室に到着するとドアをノックした。部屋に入ると白衣姿の研究者が、こちらを向いて微笑した。 「なんだこれは!?」  さっそく見せられた物にオーナーは驚愕した。脈動する臓器が透明な蓋付きの診察ベッドのようなものの上に寝かされている。手術中の――もしくは人体模型の腹の中を見ているようだった。だが腹部以外は何もなく、手足も頭もない。それは奇跡というより悪夢の光景だった。  研究者(かれ)は―― “人間を作ろうとしている”――そんな様だった。
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