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十五
健全な少年の育成には、少年と同年代の少年が必要らしい。おやじ殿の部屋にあった資料をこっそり覗き見して、僕は自分の存在意義を知った。
僕のおやじ殿は、島外の“子供屋”から、とびきり元気な子供である僕を買ったのだと言っていた。島にやってきた僕は、ここでおやじ殿の治療を受けている、十五番と呼ばれる少年の遊び相手をしていた。朝顔のようなこの少年を、僕は縮めて十五と呼んだ。
十五は、僕のように活発ではなかった。吹けば飛んでいく綿毛のような笑顔で、僕が木登りするのを下で見ているような少年だった。白詰草の冠の作り方を教えれば、喜んで作るような少年だった。一つだけ赤が混じった白詰草の冠がよく似合っていた。
……彼との思い出を振り返るのはここまでにしよう。おやじ殿の研究資料によると、彼の命は幾ばくもないらしい。彼のような人間は現代の研究成果では長く生きられず、その命の希薄であるが故の治療法を、この島で確立しているらしい。
久々に十五の外出許可が下りた日、僕は十五に直接そのことを尋ねた。
「ああ、知ってるよ。でも、もし治ったら、きっと伶の父さんは、僕らを離ればなれにするよ」
「どうして、そう思うの」
「ほかの先生に聞いたんだ」
十五は悲しそうに笑った。
「僕と離ればなれになりたくなかったら、約束してくれないか。明日の朝一番に、僕を連れ出してくれるって」
僕にはその言葉が信じられなかった。十五は死にたがっている。生きたくないんだ。
「治療を受けたら、長生き出来るようになるのに」
長く生きれば出来ることも増える。僕はそう伝えたかった。
「伶と一緒にいられないんじゃ、長い時間ももて余すだけだよ」
それから十五は、例のふわふわした笑顔で言った。
「僕、伶が大好きなんだ。ずっと一緒にいたいんだ。だから、出来ることなら長生きして、伶とずっと一緒にいたいんだけど、駄目だって」
「だから、生きたくないの?」
そうだ、と彼は頷いた。
「僕も十五が好きだ。だから、生きてて欲しい」
「伶が知らないところでも?」
「……十五が幸せに生きられるなら」
「伶といられないなら、幸せじゃないよ」
もう十五は笑っていなかった。勿忘草と同じ色の目で、僕を冷ややかに見ていた。
「一生のお願いだ。約束してくれるね?」
僕は深く頷いた。
次の夜明けも来ないうちに、僕は約束通り十五の部屋を尋ねた。いつもは固く閉じられた扉が開け放たれていた。十五はベッドから体を起こして、僕を待っていたようだった。
「ありがとう、来てくれて」
「約束は守るよ」
十五は力なく笑った。立ち上がるときに取った手が、木の幹のように冷たかった。
手を繋いで、常夜灯が照らす暗い廊下を歩く。二人分の足音だけが聞こえる。ほかの人は消えてしまって、僕と十五の二人きりになったかのようだった。
「ねえ、どこへ行こうか」
「……海が見えるところ、あの崖がいいな。赤い花が咲いてた……」
今の季節だと花は咲いていないと言うと、彼は笑った。
「咲いてなくてもいいや、伶がいるんなら……」
可笑しそうにけらけら笑って、僕が引っ張るままに十五はついてくる。太陽が昇る前の空が一瞬だけ、大きな虹のような色を見せる。
「ねえ、伶、君は僕がいなくても生きていくんだろう」
「そうだね」
「寂しくなっても、僕のように死んじゃいけないよ」
「大丈夫、十五みたいには死なないよ」
「うん、君は健康そうだもん。僕のようにはならないよ」
「……そうだな」
「ねえ伶、お墓を作ってよ。僕のために。君のそばに」
「僕の部屋の中に?」
「うん。君が毎日、僕を思い出せるように」
「外の庭じゃだめかな」
「いいよ。君が毎日来てくれるなら。僕を毎日思い出してくれるなら」
「毎日行く。ずっと覚えてる。忘れる暇もないよ」
「ねえ、伶、僕を食べて、伶のお腹に全部、僕を収めてくれ」
「……僕、あまりそういうのは好きじゃないな。人を食べるとか」
「何でもいいんだ。伶が僕を覚えていてくれるなら」
「十五、そんなことしなくったって、絶対に忘れないよ。僕だって十五が大切なんだから」
「違う、違うんだ。僕は本当は、僕と一緒に生きていない君に、どうしても堪えられないだけなんだ」
海が見える崖に着いた。朝焼けの金色が、僕と十五の目に焼き付く。僕たち二人だけが、世界一綺麗な朝焼けを知っている。
「……もうちょっと時間があるみたい。伶、もうちょっとお話しよう」
僕と十五は冷たい地面に座り込んだ。夜露で濡れた土がズボンのお尻に染みる。
「うん。なんの話がいい」
「僕が死んでからの伶は、どんなふうに生きるのか」
僕はかなり戸惑った。
「そんなの、わかんないよ」
「伶、大好き」
最後に十五は、早口でそう言った。僕の肩に首を預けて、それきり何も言わなくなった。足の爪が、頬の色が、冷たい唇が、枯れた松の葉の色をしていた。
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