第六章 噂、そして隔離

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 エレベーターの部屋へと足を動かしながら、ちら、と橘は鉄格子に阻まれた窓へと視線を向ける。この向こう側には、藤原が眠っている。どうしても手に入れたかった人がすぐ側にいるのに、離れなければならない現実。それでも、藤原のために、と無意識に唇を噛みながらその場を離れた。  静かに後ろをついてくる隊員に、一言だけ問い掛ける。 「今日はどっちだ」 「会長様の部屋でございます」 「……そうか」  大北が大北自身の部屋で待っている。それは即ち、必ず大北と行為に及ばなければならないことを意味していた。  大北との体の相性は良い方ではあったが、藤原と体を繋げた瞬間の、あの気持ちすらも満たされる感覚を知ってしまった後では、誰としても物足りないだろう。それほど、好きな人との行為は気持ちがよかった。  気持ちが一方通行な今でさえこんなに気持ちがいいなら、もし両想いになればどうなるのか。  そう考えて、橘は自嘲気味に笑った。  有り得ない。藤原が自分を好きになるなんてことは。  誰が好き好んで自分を犯した奴を好きになるだろうか。  どこで間違えてしまったのか。いや、むしろ間違いだらけだったのだ。全てを間違えて、行き着いた先が今だ。  それでも、どうか。  想うだけは許してくれ、と橘は心の中で藤原へと懇願した。  今更自分のしでかした所業に気落ちしながら、隊員を伴ってエレベーターを使い、大北の部屋へ到着する。いつものように、隊員が中に向かって呼び掛けた。 「会長様、橘様がお着きになりました」  返事は返ってこない。これもいつものこと。 「中へお入り下さい」  隊員が扉を開きながら、橘へと告げる。橘はすぐには入らずに一呼吸置いてから、息を吐き切って部屋の中へと足を踏み出した。 「それでは、ごゆっくり」  最後まで無機質な声を遮断するように、扉が背後で閉まる。  Sクラスの生徒と生徒会役員の部屋は一人部屋になっているため、普通の生徒用の部屋より部屋数が一つ少ない分、リビングやダイニング、寝室用の部屋がそれぞれ広くなっている。  その寝室用の部屋のドアを、普段と同じようにノックもせずに開けた。 「遅かったね」 「……まあな」  橘は、部屋の奥のベッドに座り込んでいる大北にそう言葉を返した。大北は何やら愉しげな表情を浮かべている。 「もう一人はどうした」 「ああ、お仕置き中だよ」  くすっ、と大北が薄く笑う。大北がこういう笑い方をするときは、ろくなことがない。 「何をしたんだ?」 「前を縛って後ろにバイブ突っ込んで放置してるだけだよ」  顔色一つ変えずそう言い放った大北に、橘は少しだけ眉間に皺を寄せた。  抵抗できない人間を気絶するまで散々犯して放置してきた自分が言うのもなんだが、充分酷いやり方だ。  はあ、と溜め息をついた橘を、大北が手招きする。重い足を無理矢理動かして、ベッドまで歩いていけば、腕を引っ張られて唇が重なった。  藤原よりも硬めの唇。藤原よりも薄い舌。藤原よりも低い体温。  橘は冷静な頭で、先程知った想い人の感触を思い出しながらされるがままに唇をあわせていたが、普段と違う橘の様子を不審に思ったのか、大北が怪訝な顔をしながら唇を離した。 「どうしたの?」 「そんな気分じゃないからな……」  橘が正直にそう言うと、大北の顔が一気に強張った。暫しの間、部屋に重たい沈黙が流れる。 「……もしかして、あいつと──藤原聖と、ヤったの?」  漸く口を開いた大北が、何かに耐えるように震えた声で訊く。 「ああ」  橘はそんな大北の変化に気付かないまま、肯定した。
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