第六章 噂、そして隔離

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   ◆  藤原が絶叫しながら達して気を失った後、橘健吾(たちばなけんご)はゆっくりと藤原の胎内へと埋めていた自身を抜いた。ベッドから降りて、傍に置いてあったティッシュで自身を拭き、下着の中へしまい込む。  ベッドの上に横たわる藤原の秘孔からは、橘が二度も注ぎ込んだ精液が、恐らく縁が切れたときに出たであろう血を取り込んで、所々に赤い模様を描きながらどろり、と溢れ出している。胸から腹にかけては藤原自身が出したものがべっとりと付着し、白い肌をより一層白く汚していた。その姿は言葉に表せないほど酷く妖艶で、もう一度犯したい衝動に駆られ、むくり、と熱を放ったはずの自身がまた首をもたげ始める。しかし、漸く戻ってきた理性でそれを抑え込んで、橘は藤原の自由を奪っていた手首の枷を外した。  月明かりくらいしか光源がないにも関わらず、藤原の手首には元の色も相まってかくっきりと痛々しい傷痕が見てとれた。涎と涙でぐしゃぐしゃになった藤原の顔は、生きているのか心配になるほどに窶れている。  まともに抵抗することもできず、自分より大きな男に襲われて、激痛を与えられながら犯される。そんな悪夢を与えたのは、他でもない橘自身だ。 「……すまん」  ベッドに腰掛けて藤原の髪を撫でながらぽつりと呟く。  最初は本気で事を致すつもりはなかった。ただ、脅せば自分の話を真正面から聞いてくれるのでは、と期待したのだ。  自分の気持ちを何とか藤原に知ってほしいがために取った行動だった。  食堂で初めて藤原を目にしたとき、今まで感じたことのないほどの溢れ出る殺意が、この綺麗な人間から発されていることに気付いて、目が離せなくなった。屋上で藤原が自分へ殺意を向けた瞬間、目の前の罪人を何とかして自分のものにしたい、こいつから放たれる全てを自分に向けさせたいという欲望が猛烈に膨れ上がった。  名前も知らない、所属さえ分からない相手を追い掛けて、手当たり次第に他の生徒たちを問い詰めた。そうしてやっと手に入れた情報をもとに掴まえに行ったあの日、藤原は橘から逃げるように窓の向こうへと消えていった。  それから二ヶ月以上経って、待ち望んだ瞬間が来た。藤原を、やっと、やっとこの手で掴まえられたのだ。気持ちを伝えるだけ、と決めた意志が理性と共に飛ぶのは一瞬だった。  自分でもおかしいのは分かっている。歪んだ愛情だと。しかし、自分の意志では止められないほどに、藤原への想いは橘の脳内をどろどろに溶かしていた。 「……好きなんだ」  初めて人に対して口にした言葉。しかし、届いてほしい人に、届くことはない。  無意識に橘の眉尻が下がった瞬間、こんこん、と磨り硝子になっている窓を叩かれた。続けて、外から声が聞こえてくる。 「会長様がお部屋でお待ちです」 「……分かった、すぐ行く」  せめて後処理ぐらいはしてやりたかったが、そんな悠長にしている暇はない。橘を呼び出した相手は、少しでも自分の意のままにならないと、すぐに癇癪を起こす。その矛先が、これ以上藤原に向くことは避けたい。  橘は最後に一度だけ藤原の髪を梳いて、後ろ髪を引かれながら部屋を出る。壁のような玄関の扉は既に開いていて、会長である大北成海(おおきたなるみ)の親衛隊の隊員が少しだけ顔を覗かせていた。 「お急ぎください」  無表情の隊員にそう急かされ、はあ、と溜め息を吐きながら廊下へ出た橘の背後で、重たい音を響かせながら、扉は再び罪人を閉じ込めるべく元の位置へと戻った。
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