退職手続き

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退職手続き

私は大学を卒業した後、全国に店舗を構える不動産会社に就職し、東京・大阪・兵庫・広島・福岡の各拠点で半年から一年勤めては転勤を繰り返した。 辞めるまでの最後の三ヶ月は地元の大阪に戻してもらえたものの上司と折り合いがつかず、退職を余儀なくされた。 五年という短い期間、身を粉にして働いてきたつもりであったが、退職の意思を伝えた時には引き止められることもなく次の日から来なくてよいと言われたのである。 会社にとって私は一万人近くいる社員のうちの一人に過ぎないのだということを思い知らされた。 会社の書式の退職届けには本人が記入できるように用意された空欄があり、「一身上の都合」と言う一文と署名するだけで全ての手続きが完了した。 五年間の全てが、私の努力が、誰に認められることもなくこんな書類一枚で完結するのかと思うと、会社に対しても社会に対しても言い知れぬ不信感に襲われた。
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