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 桂との関係は、一年ほど続いた。  奇妙な結び付きだ。体を重ねれば、怖いくらい酔うことができるのに、これは愛ではないのだと、お互い分かり切っている。 「もう、ここには来ません」  久々に現れたと思ったら、桂はいきなりそんなことを言い出した。だが、恭臣の心は不思議と静かだった。  桂がいつかそう言い出すことは、何となくわかっていた。いつまでもつなぎ止めておける相手ではないと、出会ったときからわかっていた。 「…… そうか」  恭臣が穏やかにそれだけ言うと、桂は呆れたように肩をすくめた。 「こんな時ぐらい、少しは寂しい顔、すれば?」  恭臣は笑った。 「…… 寂しいよ。残念だ。もう少しで、本気になれそうだったのに」  冗談めかしてそう答えてみせると、ふうん、と呟いて桂は首を傾げた。何もかも見透かすようなその瞳を見つめながら、恭臣は苦笑した。  …… 桂に対して、愛しさに似た親近感は抱いていた。振り回されることが、楽しかった。  だが、たとえあと一年この関係が続いていたとしても、たぶん、自分は桂に恋はしなかっただろう。  本気になるのに、きっと『もう少し』なんて思っている余裕はない。気づかないうちに夢中になって、気づいたときには引き返せない場所にいる。そんなものだ。  恭臣は桂のために、応接室のドアを開けてやった。廊下の向こうに、桂を待っている相手の姿が見えた。   …… いつも、桂が見つめていた相手。桂自身も、ようやくそのことに気づいたのだろう。もうここに来ないということは、そういうことだ。 「…… 早く、行ってやれ」  恭臣はそう言った。桂はかすかに微笑んで、恭臣の横を擦り抜けて行った。   END
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