キミをアイス

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 ようやく一仕事終えたと思ったら、ジーンズのポケットの中でスマホが震え始めた。  腕時計に目を落とす。21時、ジャスト。  ため息を吐きながら、スマホを耳に押し当てる。あぁ、またこれで残業確定だ。とんだブラック企業だ。うんざりだ。  淡々と指示内容を読み上げる、無機質な女性の声に相槌を打ちながら、このままでいいのかなぁ、と漠然と思う。他の生き方、ないのかなぁ。流されたままで、いいのかなぁ。今さらそんなことを思う資格は、僕にはないのだろうけど。  足元に転がっているのは、ここ最近テレビで見ない日はない、政治家の男。その、死体だ。  白目を剥いて、口から涎を垂らしている姿は、テレビの中で唾を飛ばして答弁していた姿からは程遠い。  電話を終えると、耳が痛くなるほど静かだった。自分の心臓の鼓動が、聞こえるくらいに。  氷は殺し屋だった。  氷の生まれ育ったとある施設は、児童養護施設とは名ばかりで、一流の殺し屋を育てるための養成所、兼暗殺請け負い企業だった。スポンサーには、大財閥の取締役や大物の政治家、大御所の芸能人だっているという噂だ。モットーは、安心・安全・スピーディー。この業界では、トップクラスの実績と業績を誇る。  氷はそこで、鉛筆の代わりにナイフを、教科書の代わりに拳銃を手に、殺し屋としてのノウハウを叩き込まれて育った。そして晴れて養成所を卒業した今は、会社の中でも三本の指に数えられる、一流の殺し屋として、裏社会で暗躍している、というわけだ。  自分の頭髪や、洋服の繊維が残っていないこと、拭き残した指紋がないことを、もう一度厳重に確認してから、高層マンションの一室を後にする。肺が凍りつきそうなほど冷たい夜の空気を吸い込み、薄い手袋を外してポケットに押し込んだ途端、どっと疲れが押し寄せてきた。  あぁ、アイスが食べたい。  自分の人生に、守りたいものとか、譲れないものとか、そんな大層なものは一つもない。  コンビニの店員が、クレーマーの暴言にいちいち心を痛めたりしないのと同じように、命を奪うことに慣れてしまった僕は、たぶん、ろくでもない人生を歩んで、ろくでもない死に方をするんだろう。  だけど、炬燵でアイスを食べる、あの時間だけはなくしたくないなぁ。そんなことを、大真面目に思う僕は、やっぱりどこかおかしいのだろう。  見上げた満月は、昨日食べたスーパーカップによく似ていた。
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