キミをアイス

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 なんて僕は、巡り合わせが悪いのだろう。  誰かに仕組まれた、手の込んだいたずらかと思うほど、僕の人生はツイていない。  もともと、今回の仕事は気が進まなかった。依頼は、一家4人の殺害。とある政治家が、世の中がひっくり返るような汚職の証拠を握られたとかで、うちの会社を頼ってきたらしい。ターゲットは、ジャーナリストの男性。そして、後の不安を断つために、その男の家族もまとめて消してくれとの依頼だ。これはかなり、骨が折れる。  詳しい情報は後ほど送りますので、ひとまず下見に行って下さい。スマホの向こうの、いつもの無機質な女性の声に従って辿り着いたのは、どこにでもあるような二階建ての住宅だった。新築ではないが、車も、鉢植えの植物も、手入れの行き届いた印象で好感が持てる。しかし、この密集した住宅街の中で、証拠を残さず4人の人間を殺害するのは、一苦労だ。だからこそ、自分に回ってきた仕事なのだという、自負もあるけれど。  見上げると、今にも雨が降り出しそうな曇天だった。鉛色の雲が、ゆっくりと頭上を流れていく。今日に限って、折り畳み傘を忘れたことに、遅れて気がつく。  ふいに、こちらへ近づいてくる人の気配を感じて、フードを目深に被る。電柱の陰で、スマホを操作しているふりをして、やり過ごそうとしていた時、きぃ、と音がした。門を開ける音。閉じる音。  そっと顔をあげた。そして、息をのむ。  制服姿のあずきさんが、いた。ドアの前に立ち、スクールバッグの中を探っている。そして、鍵を取り出してドアを開ける。  嘘だろう。  あずきさんの後ろ姿が、家の中へ消えていく。明日、自分が仕事をしに行く、家の中に。  舌打ちしたいのを、必死にこらえた。  人の命を奪うことに、ためらいはない。  そういう風に育てられたし、そのやり方でしか、生きる方法を見つけられない。これまでも、これからも、この生き方から逃れられない。そして僕はそんな人生を、諦めに似た気持ちで受け入れてしまっている。  なのに、なぜ僕は今、ツイていないなどと感じているのか。巡り合わせの悪さを、なぜ僕は呪っているのか。  駆け込んだ駅前のコンビニは、混み合っていた。雑誌を立ち読みする、会社帰り風のサラリーマン。お菓子コーナーを離れようとしない、中学生のグループ。その中で、アイスの並ぶ冷蔵棚の前だけが、別の空間のように、がらんとしていた。  氷はその棚の前に立ち、カラフルな商品のひとつひとつを眺める。眺めているうちに、自分の欲しいものが何なのか、分からなくなっていく。  目を閉じ、そして開く。  意を決して、手を伸ばした。
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