3人が本棚に入れています
本棚に追加
この先一生、僕は、あずきさんと会うことはないだろう。彼女と僕は一生他人で、別の世界の人間で、互いの人生が交わることは、決してない。
右腕から流れる血が、ポタポタと地面に水溜まりを作る。荒く息を吐きながら、氷は走る。もつれそうになる脚に、鞭を打つ。幾人もの足音が、その背中を追いかける。追いつめていく。
でも、それでもいいのだと思った。
世界のどこかで、あずきさんが、あずきバーを美味しそうに頬張る。そんな、ささやかな幸せを守ることができるなら、それでいい。
僕は、アイスを食べるたびに思うだろう。袋を破いて、細かい霜がびっしりと表面を覆う、紫色のアイスを取り出す彼女のことを。歯がきん、と痛むほどの冷たさすらも楽しみながら、前歯で固いアイスをかじる。口の中に広がる、あずきの甘み。僕の舌の上にあるのと同じこの甘さを、感じる人がいるのだということ。
それは、果てしなく一方通行な思いだった。一方通行で、ひとりよがりな思いだった。恋なんて、綺麗なものでも、きっとない。
僕は知らなかったのだ。
ただ、その人がこの世界に生きていること、息をしていることを思うだけで、胸があたたかくなる、この気持ちを。これを、愛と呼ぶのだということを。
背中に壁が触れる。逃げ場はない。どうやら、絶体絶命だ。
「血迷ったか。氷」
がっちりとした体躯の男が、こちらへじりじりと近づいてくる。養成所時代の、教官だった。能面のような、冷たい表情。手元のナイフがギラリと光る。
氷は首を横に振る。にっと笑みを浮かべた。
「いや。もう、迷いはない」
大きく息を吸い込む。
そして、僕は叫んだ。
あずきさん。
僕はキミを愛している。
最初のコメントを投稿しよう!