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「はい!めでたしめでたし~!」
「何がめでたしめでたしだよ、起承転結がなってないじゃない」
「ちゃんと理にかなってるじゃないかママ~」
「あんたは黙っていて」
「ぐふっ」
「それより何でそんな話を聞かされなきゃいけないのよ。こっちは素材集めで忙しいってのに」
「我が右腕が告げている……俺を部屋に戻せと……」
今日もこの家族は平和である。少年が一人急に語り出したり、妻が夫を罵倒したり、それを喜んでいる夫がいたり、長いぼさぼさの髪と分厚いメガネをつけてイライラしている少年の姉が文句言ったり、一人違う世界に飛んでいってる少年の妹がいたり。
とても平和である。
「それより!俺らは世間様には絶対にこの状況がばれたらいけないんだろ⁉変人な家族だからよ!仮面をかぶっててもいい、という証明はさっきの話ね、父さん母さん!」
「もちろん、この状況はばれてはいけないわ。こんな変な家族、誰が一緒にいたいと思うのかしら。ただ、素材集めの方が重要だけど」
「俺のこの右腕と右目のことは誰にもばれてはいけないのだ……。その存在を家族以外の誰かが知ってしまったら、そいつが死ぬだろう……」
子供三人は今から行われる予定であった家族会議を行おうとしているようだ。しかし、その両親はあまり興味を持っていない様子。
「ああ、そうね。この状況はばれたら私が馬鹿にされてしまうわ。でもわざわざ話し合う必要性ってあるのかしら。あなた達はあなた達で隠す。もしばれたら……私が全力で罵倒してあげる。そしてばれた相手には口封じに金と恐怖をあげるのよ」
「わあ、ママ!じゃあ、僕ばらしちゃおうかな~!だってママに罵倒してもらえるんだろう?それはご褒美だからね!」
少年はその様子を見て呆れる。何度もこのやり取りをしているようだ。そして少年はいつものように口を開く。
「誰もこの状況をばらさないという条件で俺の話を聞かせてやるが、聞かなくていいのか?」
少年のこの言葉だけで家族全員黙り込む。そしてすぐにリビングのそれぞれの場所にいた両親と姉妹はスッと少年のいるテーブルへと着席する。
「それで、そのとても重要な話とは……なんだ?場合によっては対価に俺の力を少しやろう」
「王道学園ストーリーなのよね?」
「話の内容によっては寝技をかけるけど大丈夫かしら?」
「やっぱり当事者ならではのぬるぬるっとした美しい話なんだろうね?」
少年は家族のその様子を見てごくりと唾を飲み込む。それにつられて家族もごくりと唾を飲む。
「カップルが十組出来たんだ」
その一言を聞いて静かだったリビングは黄色い声で包まれる。完全にバラバラだった家族はこの言葉だけで一気に一つにまとまった。
「すごいだろ⁉今日から夏休みってだけで俺の腐男子網に十組も引っかかったんだぜ⁉」
「流石よ!葵!さすが当事者腐男子!」
「俺の与えし魔法陣でそれほどの情報が拾えるとは……俺の力はまだ未知数か……ッ」
「何てことッ!一つ一つ舐めるように話を聞いてみたいものね!」
「カップル爆誕……!これほど僕に刺激を与えるものは罵倒とこれだけだね!」
ただ、そこで少年―――葵は口を噤む。
「葵?なんで話さないのかしら?一応この後に素材集めもしなきゃだから早めに話を聞きたいのだけど」
葵の姉はイライラしながら葵の顔を覗く。その顔はすごくにやけていた。思い出し笑いというやつだ。
「何なのその顔!早く話しなさいよ!」
「ざーんねーん!先にみんなの今日の報告をしないと話さないからな!俺が一応ばれないように全員の面倒を見てやってるんだからよ!」
「しょうがないわね……」
葵はそのニヤニヤを抑えずに姉の顔を見ながら話を聞くためにポケットから手帳とペンを取り出す。
「はい。じゃあまず私から。瀬尾遥香、今日は誰にもばれていないとみておりますー。五人に告白されているので確実な情報でーす」
「なんでこんなぼさぼさ人間に告白する輩がいるのかしらね……目が節穴なのかしら」
「そこ、突っ込まない!」
「ちゃんと遥香が身だしなみ整えてから言うのね」
母親と姉―――遥香が喧嘩を始めたが、いつものことなのだろう。誰も止めることはない。
「じゃあ、次は僕が話すよ。瀬尾カイン、いつも通り僕は敏腕弁護士として法廷に立ったよ。検察官に責められてもニヤニヤしなかったのはいつも通り傍聴席にママがいたからわかると思う」
「そうね。ちゃんと普通だったわ。私、瀬尾叶恵も誰かをむやみに叩いたりしていないから大丈夫」
「えぇ……そこ、罵倒してほしかったのになぁ……」
「キモい」
「ぐへへ」
この二人のやり取りもいつも通りなのかやめさせる気配はない。ずっとキモい、ぐへへ、キモい、ぐへへ、と繰り返している。
「じゃあ、最後は俺が話そう。名前はリュ・ラングレフ・アロス・グランド・クリス・アロウ・ランボスティア・リュシンル・フロスターレ・リアン・アクアリーシュ・ガブリエル・ファイナル・ゼウスだ。これは誰にもばれていない」
「この体の名前で今日あった出来事を説明して」
「いいだろう、この体の兄よ。俺のこの体の名は瀬尾柚子葉だ。今日は俺のこの体の友である闇に浮かぶ天体が美しいやつとしか過ごしておらん。ただ、いたるところからメスが俺を覗きに俺の私室まで来たのだが。……ま、まさかッ!この俺の秘めたる美しさに気づいているのか……⁉」
「月美ちゃんと一緒に教室で楽しく話していたけど、いつも通りボーイッシュなゆずは女子校ではアイドルだから女子が自分の教室に覗きに来たのね。ならばれてないな。ばれたら誰も覗きに来なくなるだろうし。俺は腐男子であることは隠してるけど、当事者であることは伝えてる。でもこれはあの学園で馴染むうえで必要だから大丈夫。家族のことは一切話してません」
そこまで話すと葵はパタンと手帳を閉じて、新たな手帳を胸ポケットから、そしてスマホをポケットから取り出した。その様子を見て家族は全員興味をそのスマホに集中させ、じっと葵の次の言葉を待った。
その時。
ピーンポーンという間抜けな音が緊張感の走るリビングに広がり、全員その音のする方を見る。
そして、目を合わせ、無言で誰が出るか揉める。やがて葵以外の四人でじゃんけんをし、負けた柚子葉が渋々立ち上がり、引き出しから判子を取り、玄関に向かって行った。
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