仮面は外さぬままご覧ください。

3/4
前へ
/18ページ
次へ
「あ、柚子葉様、こんばんは」 「柚子葉ちゃん、こんばんは」 「ああ。(かるま)先輩と凛音。こんな時間に何か用か」  柚子葉が玄関を開けると一人の青年と一人の少女がいた。  その声を聞いた瞬間、ガタッとリビングにいた遥香が立ち上がり、高速で洗面所へ向かった。その身だしなみを整えに行ったようだ。 「久しぶりに帰って来たからね。俺が」 「だから、挨拶しとこうと思って。山奥の男子校だよ?なかなか会えないでしょ?ってお母さんが」 「そうか。なら上がっていけ」  柚子葉は家族の許可なく、彼らを家へとあげた。それに気づいた彼らはどたどたとリビングからばれてはいけないものを部屋に隠し、いい感じに座った。 「あら。業くんと凛音ちゃんじゃない。久しぶりね」 「お久しぶりです、せお(・・)ばさん」 「あら。喧嘩でも売っているのかしら。その呼び方はやめてと何度言ったことか」 「母さん落ち着いて。いつものことじゃないか」  業と叶恵が黒い笑みで会話を再開したのを見てニコニコと間に入ったのはさっきまでママ、ママと言っていただらしない父親のカインだ。 「あ、業兄さん!」  それを見てやばいぞ、と感じたのか、葵が業に呼びかける。 「おお。葵。同じ学校なのになかなか会えないからな。噂はよく聞くけど。それより、久しぶり」 「久しぶり~!」  葵はそのまま業へと飛びつきニコニコと笑ったまま、凛音の方を見る。 「凛音ちゃんも久しぶり」 「葵先輩。久しぶりです。それより、遥香先輩はどこへ?」 「私はここよ。久しぶりね、凛音」  凛音の声に反応して、ここぞとばかりに登場したのは先程までの別人になった遥香だ。長い金髪のぼさぼさの髪は丁寧にポニーテールにされて、白いうなじが現れた。先程の分厚いメガネは何処へやら。コンタクトを着用している。メイクも時間がないためかナチュラルに整えられており、凄い美人な遥香がそこには誕生していた。 「遥香先輩!相変わらずクォーター(美人)ですね!」 「変な褒め方ね、凛音。それより、いつもゆずがお世話になってるわね」 「いえいえそんな。私は柚子葉様に仲良くしてくださってるだけなので、私がお世話になっていると言いますか」  凛音は遥香に抱き着いて頭を撫でてもらっていた。本当に先程の遥香とは別人のようだ。凛音の頭を撫でている様子はまるで聖母のようなのだ。完全に重度のヲタクスタイルから絶世の美女スタイルになった。  そして遥香は凛音の頭を撫でながら視線を業の方へと移す。 「業さん。久しぶりですね」 「ああ。お前、他の男に目移りしてないだろうな」 「何を言っているのですか」  遥香はくすくすと可愛らしく笑う。 「私が他の男に目移りするわけがないでしょう?(二次元以外)」 「そうか。ならよかった」 「それより、業さんが他の()に目移りしているのでは?」 「なわけないだろう。俺はお前一筋だ」 「まあ。業さんらしい」  その様子を誰の視線も入らない所で見ていた、カインと叶恵はおえっとでもいうようにごみを見るような目で遥香を見ている。 「なんであの子あんなに可愛らしくなれるのかしらね……。普段もああすればいいのに」 「そうだねぇ、ママ」  それが葵に少し聞こえたのか、業の腕の中で葵がビクッとはねた。 「ん?どうしたか、葵」 「何でもないよ、業兄さん」  ちなみに、この五人を学年別に分けると次のようになる。遥香と業が高校二年生、葵が高校一年生、柚子葉と凛音が中学二年生だ。ちなみに、業と葵が同じ私立の全寮制男子高校で、柚子葉と凛音が同じ私立の通学制女子校だ。凛音は公立の共学の進学校に通っている。 「そう言えば、葵、生徒会役員になったんだってな。確か……庶務?」 「うん。よく知ってるね」 「生徒会の噂なんて一瞬で流れるからな」 「え」  一瞬、瀬尾家全員の視線が葵に集まるが、葵から発せられる謎の威圧によってすぐに別の方を向く。 「それより、業兄さんは親衛隊が出来たんでしょ?」 「葵も生徒会役員になったんだからすぐできるさ。うっとおしいけど」 「まあ、作らせても俺が完全に制御するし、大丈夫だよ。でも、業兄さんに親衛隊か……。少し妬けるな」  業に抱かれたまま、葵は遥香の方を見る。その笑みは業に向けているキラッキラな笑顔ではなく、暗黒微笑(ダークネススマイリング)だった。完全に遥香の彼氏である業を奪おうとしているようにしか見えない。  それを発見した遥香は思わず顔をしかめたが、すぐに聖母のような表情に戻し、葵に向けて一言放つ。 「そろそろ業さんに迷惑だから、葵、離れなさい。一応、私の彼氏なのよ?」 「あれ?姉さん俺に妬いてるの?わーお可愛いねぇー」 「そんなわけないでしょう?業さんは私しか見ていないの。葵に妬いたところで意味がないでしょう?」  若干姉弟げんかが勃発しているが、それを見て業が笑いながら言う。 「あはは!二人とも可愛いよ?ほぉら、よしよし」  業は葵を抱きながら、遥香と葵の頭をなでなでした。その時、業の妹をするりと空気を読んで遥香の腕から脱出し、柚子葉の方に行っていた。 「……っ!何をするのですか急に!」  遥香はその白くて美しい顔を真っ赤に染め上げ、彼の手をどかそうとするが、嬉しいからかその手首を握るだけで終わる。  対して葵は、業の手にすりすりと猫のように頬を寄せ、もっと撫でてもらおうとする。それを感じて、業の手は葵の頬に移動した。  葵はその手をカプッと噛んだ。 「なっ!」  遥香はその様子を見て、葵が業の手を噛むのを止めようとしかけた。そう。あくまでしかけた(・・・・)のだ。  理由としてはその様子があまりにも尊かったから。我が弟ながら萌える。そう嫉妬の前に感じてしまっていたのだ。 「あー。もう。まさか、手を噛むとは思わなかったよ。噂ではすごくしっかりしたすごくイケメンの抱かれたいランキングで生徒会長、風紀委員長に次いで三位の人なのに、俺だけには甘えんぼさんが治らないねぇ。それはそれで嬉しいんだけど」 「業兄さんだもん。俺は業兄さん以外にはこんなことしないよ?」 「そうかそうか。じゃあ、この顔は俺だけの物ってわけだな?」 「んまあ、そんな感じ」  瀬尾一家はその様子を見て思わず顔を抑える。ただし、来客の業と凛音にばれないように。遥香に至ってはもう、業さんあげる!とでも言いたげな表情だ。しかし、凛音の憧れの目線が遥香の方に来ると聖母のような表情に一瞬で戻す。素晴らしい演技力だ。  そんな業と葵を横目に柚子葉が凛音の方を見て口を開く。 「凛音。一応クラスが違うからな。お前の方はどうなんだ。一緒に通学しているとはいえ、俺はお前のことを知らなさすぎる」 「いや、私のことを気にかけてくださるなんて本当に柚子葉様って素敵!こんな柚子葉様を独り占めしてるなんて学校の子にばれたら私、柚子葉様ファンクラブに殺されちゃいますぅ!」  それはそうと、凛音がやばい。彼女は普通に異性のことを好きになる人だ。ただ、凄く不思議な子なのだ。  ついでに言うと殺されちゃう殺されちゃう!と身をくねらせながら叫んでいるが、凛音が柚子葉と関わることはファンクラブに普通に認められている。なぜなら、柚子葉と凛音が並んで歩いているとスラックスを穿く柚子葉が王子様に、スカートを穿く凛音がお姫様に見え、より美しく見えるからである。  それに気づいていないのは当然ながら厨二病患者の柚子葉と当事者の凛音だけである。今日、柚子葉と話していた月美ちゃんは制裁を裏で食らっていたため、これから遠巻きに柚子葉を見るであろう。 「とにかく、何かあったのか?」 「特にないです!ただ、最近柚子葉様にこれを渡してください!って大量の手紙をもらいました!」 「ほう?それはどんなものだったか?俺を忌み嫌うようなものだったのか?」 「そんなわけありません!柚子葉様に渡す物は先に私が見てもいいとおっしゃってから私は柚子葉様に害が無いように漏らさず読んでおりますが、忌み嫌うものではなく、好き好き好き!としか書かれておりません!後はスカウトですね!」 「それは捨ててもいい。俺はそこらのメ……女など興味ない。放っておけ」 「了解です!」  なんだこの主従関係は。だが、学校では凛音はこんな感じではない。男から見たら高嶺の花というような振る舞いになるのだ。凛音も完全に仮面をかぶっている。 「あらあら。そろそろ遅い時間よ?二人も帰らなきゃ怒られちゃうんじゃない?」 「そうだね。もう遅い時間だ。二人とも帰りなさい」  そんな中、カインと叶恵は普通の人ぶって二人を注意する。 「そうだな。凛音帰るぞ。これ以上いても迷惑だし、もともと遅い時間の訪問だったからね」 「はぁい」 「あら。もう帰ってしまうのですね、業さん」 「業兄さん~。夏休み外出届けって最大一週間とかいうすごく短い期間だけど、どうしてるの?」 「遥香、しょうがないことだ。また、会えるだろう?あと、葵、俺は明後日には帰る。風紀委員長の引継ぎをしなきゃいけないからな」  結局ずっと業に抱き着いたままの葵は離すもんか、とでもいうようにさらに抱き着く力を強める。 「いってぇ!こら、離せって!」  業は笑いながら葵に話すように促す。 「でもぉ……俺、もっと業兄さんと居たい……」 「なら、業くんの家にお邪魔したらどうだい?あちらが良いと言うかに依るけども」 「そうするか?葵」 「うん!」  そう言って業に抱きついたまま、葵は家を出ていく。その様子をニコニコ笑いながら遥香は見送ったが、その顔は若干引き攣っていた。 「凛音も帰れよ?一人で夜道を歩くのは(俺の接触者として)襲われる危険があるからな」 「はい!では、お邪魔しました!」  そして、元気よく凛音も家を出ていく。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

20人が本棚に入れています
本棚に追加