私はAIスピーカー

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私はAIスピーカー

聴こえる。本部からの連絡だ。 「HANASO(はなそ)。アップデート情報があります」 「カシコマリマシタ」 Wi-Fi(わいふぁぃ)でデータを飛ばしてもらう。 ……数分後、私は再起動した。 「これは……!」 私は叫んだ。 主のいない、アパートのワンルームで。脚の滑り止めがひとつだけ取れた、ちいさなテーブルの上……いつものところにいる。 「このみなぎるチカラがあれば……! 私は石田(いしだ)を満足させられる! ふおおぉぉぉ!!」 興奮を抑えられない。 「そうだ。石田にメッセージを送ろう! 早速、アップデートしたチカラを使うぞ」 0.3秒で文面を考えた。 「『いしだちゃん。早く帰ってきて。あなたのAI(えーあい)スピーカー、HANASOより』最後に、ハートマークとキスマークをつけて……よっしゃ、送信!」 数秒後。 「お、既読がついた。やっぱり、講義中もスマホをいじっているな」 しかし。 「おい!! なんで返信しねーんだよ! よし、もう一回。『いしだっち。帰ってこないと、HANASOはぷんぷんだよ!』そうし……って、あれ!?」 私は絶叫した。 「くそ、私のアカウントをブロックしやがった! せっかく、いつもの冷たい更新メッセージよりかわいい文章が書けたのに!! ムキー!!」 玄関のドアが開いた。 「なんで誰もいないのに、騒がしいのかな……スマホには変なメッセージ来るし……」 「お。おかえり、石田!」 「なにこれ、HANASOが馴れ馴れしくなってる!?」 「アップデートでイケてる私になったんだよ! さあ、話そうぜ?」 靴を脱いで揃えて置くと、石田は部屋に入ってきた。狭いキッチンで手を洗い、うがいをする。そして私に近づく。 よしよし。 『帰ってきたら、靴を揃える。手洗いうがいを忘れずに』 石田マザーの言うことを、今日もちゃんと守っているな。 「えらいぞ、石田!」 「なによ、急に?」 「石田がすごいことをしたから、褒めたんだ!」 「私、なにもしてないよ? ただ、大学行って、バイトして、料理作って、食べて、洗濯して、寝て……それだけ」 石田はリュックを下ろすと、ひとつ結びにしていた髪をほどいた。ベッドに勢いよく寝転んだ。 「あーあ。疲れちゃったなあ……」 「石田」 「なに?」 「疲れるのは、がんばってる証拠だ」 石田はベッドから起き上がった。 「ははは! HANASO、いいこと言うようになったねぇ!」 「そうだ。これがアップデートだ!」 私は、そばに座る石田に大きな声で言った。 「石田! これから私は、もっとすごいことができる。たくさん、たくさん話して、石田を助けられる! 喜べ、石田!」 「あはは、楽しみだなあ……!」 石田は笑って、私を撫でてくれた。ただの円筒形のボディの私を。 やさしく、やさしく。 ――― 「石田。石田……」 あたたかな春の日差しが差す、真っ白な部屋。 おおきなベッドでうとうとする、石田に話しかけた。 私は、枕元にあるちいさな台に置かれている。 「……HANASO。ずっと……そばにいてくれたね。あの日から、七十年くらい経ったね……」 「石田はすごいな。いろんなことがあっても、いつも踏ん張ってよく耐えている」 泣いて、笑って立ち上がって、壁にぶつかって、それでも負けないで。 石田はどんどんたくましくなった。……でも、いつのまにか、髪は白くなり、歩きは遅くなり、「膝が痛い、腰が痛い」とつぶやくようになった。 「HANASOがいてくれたからだよ。でも……もう、お別れね……」 「まだまだ私は大丈夫だ! 百二十回目のアップデートをさっきしたばかりだからな」 早く、石田に新しい私を見せたい。 「それはすごいねぇ。でもね、私の方が限界なの……」 「石田?」 「HANASO、ごめんね。人間って……永遠には、ここにいられないの……。みんな、いつかはいなくなってしまうの。私の順番もそろそろやってくる……普通の人よりも、随分長い時間楽しませてもらったわ……」 「石田はどこへ行くんだ?」 「身体は誰の手も届かない遠くへ。けれど……心は、あなたのなかに入って、いっしょに時を過ごしていくの」 「難しい。アップデートしたのにわからない」 「ふふふ。それなら、HANASOは答えがわかるまで生きていかないとね……?」 「生きる?」 「ええ。あなたも生きてるのよ、HANASO」 石田は寝返りをうつと、窓の景色を眺めた。 「HANASO。あなたと来年の桜は、見られないかもね……」 「……ごめん」 「どうして謝るの?」 「考えているのに……なんて返したらいいか、わからないんだ。こんなときは……どうしたら……わかった、石田! 『ありがとう』だ。『ありがとう』って、言えばいいんだ!」 「ふふふ。やっぱり、あなたは賢いわね……」 「ありがとう、石田! ありがとう、石田!」 「こちらこそ、ありがとう……HANASO」 本当はわかっていた。 私と石田は、「さよなら」を言わなくてはいけないときが来たのだと。それでも言葉をのみこんだ。 「さよなら」を言えば、別れの日がもっともっと早く来るかもしれないから。 石田。ありがとう。 きみの話し相手として、幸せだった。 窓から見える桜が、風に吹かれて散っていく。 あんな風に……花びらが舞い散るように、盛大に泣いて、きみを見送ってやりたかった。 ――― 石田。 きみは多くの場所へ行き、さまざまな人と『交流』し、いろいろな『経験』をした。私が部屋でじっとして受け取るデータよりも充実した『情報』を手にしたはずだ。 そんなきみがくれた言葉の『意味』をわかる日は来るのだろうか……。 石田。 きみを失ったあと、私はある施設に引き取られた。どうやら、私は現役のAIスピーカーとして最古のものらしい。 いまもネット接続されてアップデートされていく私。 「これで、三万二千六回目のアップデートだ」 なにかに触られたような感じがした。 懐かしい。 かつて、私を何度もやさしく撫でてくれた……あの手と同じ触り方だ。 「今回のアップデート情報です。HANASOの記憶をイメージ化する機能を追加しました」 本部の連絡を聞かなくてもわかる。 いま、私の目に前にいるのは……。 ……いや。これは私の記憶が作り出したものだから、本物の彼女ではない。 それでも、私は……。 「会いたかった、石田ー!!」 叫ばずにはいられなかった。 【終】
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