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そんなことを考えながら帰宅すると、母が強張った表情で話しかけてきた。
「一郎さん、ちょっといいかしら。お話があるの」
母に連れられリビングに行くと、こちらも何やら深刻な面持ちで父がソファに座りこちらを見ていた。二人と相対して座る。母が口を開いた。
「もう、一郎さんも二十歳になったから、伝えておこうと思うの。実は……あなたは私達の本当の息子ではありません。まだ小さい頃に養子としてこの家に貰われてきたの」
驚きはしなかった。
それについては、なんなら薄っすら気付いていた。母は幼い頃からどこかよそよそしく、未だに自分のことをさん付けで呼んでくるし、両親と僕は全く似ていなかった。
「カクシテテ、スマナカタナ」
父に至っては、もう外人だ。確実に同じ国の血が流れていない。いったいいつになったら彼は日本語が上手くなるのだろうか。
「それと、もう一つあるの……」
「オマエのナマエハ、ホントはイチローじゃナイ。ホントのナマエは『ピチチロー』デス。イイニクイカラ、イチローってコトにシマシタ」
驚きはしない。
ピチチローは確かに言いにくい。むしろ、言いやすい一郎という名前にしてくれていた両親には感謝の念しか浮かばない。そしてピチチローは恥ずかしい。ピチチローでは、危うくイジメにあうとこだったかもしれない。名は体を表すと言うが、ピチチローという名が表す体とは一体なんだろうか。僕には陸でピチピチ跳ねる魚くらいしか浮かばない。
さようならピチチロー、改めましてよろしくイチローだ。
……ヒック!
僕は両親に感謝の言葉を伝えると、自分の部屋に戻った。
両親としては、かなり驚愕の事実を伝えたつもりであったろうが、そのカミングアウトは僕のしゃっくりを止めるには至らなかった。
僕はベッドに仰向けになり考える。
なぜ、驚くとしゃっくりが止まるのだろうか。
驚きとはなんだ。
予想や想像を超えた出来事を目の当たりにしたり、経験した時に人は息を呑む。そう、息を呑むのだ。なるほど、その行為が、しゃっくりを止めることに繋がるのかもしれない。
やはり突破口はそこにあるのか。
そんなことを考えていたら、瞼がいやに重くなってきた。最近しゃっくりのせいで寝不足だったからか。
視界が狭くなり、やがて暗闇が訪れた。
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