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「しつれい」
振り返ると、和装でごつごつとした顔の男性が立っていた。
「はい?」
「おかしなことを尋ねますが、今は何年ですか?」
「今ですか?2020年ですね」
「に、せん、にじゅう!!」
なかなか面白いリアクションをとったその人物は、「やはり……おかしいとは思ったが、いや……」などとぶつぶつと言い始めた。
なにやらありそうなその人物に少し興味を覚えた僕は、彼の顔をまじまじと見つめた。なんだかどこかで見たことがあるような気がする。有名人だろうか?僕は彼に尋ねた。
「なんだかお困りの様ですが、力になりましょうか?あ、僕は一郎というものです。あなたは?」
「私は近藤勇です」
驚きはしない。
歴史上の人物と同姓同名の人がいたとしても、なんら不思議ではない。同じ名前にしてはいけないという法律なんてないはずだ。
「新撰組局長、近藤勇です」
なるほど。本人だった。
驚きはしない。
たとえ、かの有名な近藤さんご本人が、時代を超え目の前に現れたとしても僕は驚かない。タイムスリップに関しては、今の世の中では解明できていないだけで、絶対に不可能だとは言い切れないのではないかと僕は思う。そもそも、この世界はまだまだわかっていないことでいっぱいのはずだ。なんでも『あり得ない』なんて決めつけてしまうのは、傲慢な考え方ではないだろうか。そして、近藤勇だとしたら果たして今が何年かを西暦で言って伝わるものなのだろうか、という疑問はとりあえず置いておくことにする。
それはともかく、こんな機会はそうあるものでもないことは確かだ。せっかくなので、こちらの近藤さんに僕を驚かせてもらうことにしよう。
「ご本人なら、アレ出来ますか?ほら、拳を」
近藤さんは「ああ」というと、おもむろに自らの拳を口の中に『ずむっ』とねじ込んだ。
本当に入った。もうすっぽりだ。
彼は口から拳をすぽっと取り出すと、「これで信用してくれますか?」と聞いてきた。
しかし、よくよく考えるとこの特技は必ずしも彼にしか出来ないというものでもないし、何よりせっかくの特技もこちらから要求したのは失敗だった。何が起きるかわかってて見せられることほど驚きから遠いものはない。これでは、驚かせると宣言して大声を出した友人となんら変わりないではないか。
……ヒック!
僕は内心がっかりしていることを気付かれないように振舞うと、どうやらこれ以上僕を驚かせてはくれなさそうな近藤さんに近くの交番を教え、再び歩き出した。
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