最後の嘘

1/1

8人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

最後の嘘

夕日がアパートの一室を悲しく照らしていた。 彼とここで暮らして2年半。 私たちは今日別れる。 「本当に別れるんだね・・・。」 「ごめん・・・。」 彼は重い口を開いた。 「私と別れた後、彼女と付き合うの?」 私の問いかけに彼は答えようとはしなかった。 彼には他に好きな人がいる。 これから私以外の誰かと、彼は付き合おうとしている。 私と彼は大学のサークルで知り合った。 彼は消極的な性格で私とは正反対の性格だった。 今まで付き合ったことのないタイプだと思い、物珍しさで私の方から彼にアプローチした。 思いの他彼との関係は順調で、交際2年目でこのアパートで同棲を始めた。 社会人になってからも順調に続いていて、お互い結婚も意識するようになっていた。 彼は消極的なタイプではあったが、今まで付き合ったどの男よりも私を大切にしてくれた。 しかし、その分刺激が足りないと感じ始めた。 長く連れ添った関係に飽きてしまったのだ。 それから私は彼に嘘をついては、会社の男と食事やドライブに行くようになった。 今考えれば最低の行為だが、当時の私に罪悪感なんてものは一切なかった。 ほんのスパイス。 ちょっとした刺激がほしいだけ。 もちろん彼とは別れる気はないし、会社の男ともすぐに別れればいいと思っていた。 しかし、そんな関係を続けて3ヶ月した頃、彼にそのことがバレてしまった。 私は泣いて彼に謝った。 「もう、絶対にしない。お願いだから別れないで。」 何度も泣いてすがった。 そんな私を見かねて、彼は一度だけ私を許してくれた。 そしてしばらく経つと、また悪い私が顔を出す。 一度許してもらえたのだから、もう一度また許してもらえる。 そう思ってしまったのだ。 そして、また別の男性と関係を持ってしまった。 会社の飲み会があるから、今日は残業があるから、と嘘に嘘を重ねた。 私は自分を守る為に、たくさんの嘘をついて彼を騙していた。 もちろんすぐに再び彼にバレてしまった。 しかし、今回は前回のように彼は私を許してはくれなかった。 「ごめん、他に好きな人ができた。こんな関係は辛いだけだから、もう別れてほしい。」 その言葉を聞いたとき、私は自分がしてしまった過ちを深く後悔した。 そして何度謝っても、彼が私を許してくれることはなかった。 どうやら、彼女とは私が浮気をしていたことを、彼女に相談していくうちに恋愛関係になったらしい。 私は最低なことをして彼を傷つけた。 そして今になって、彼がどれほど私を大切にしていてくれたのかが分かった。 もう、後悔しても遅い。 でも、ずるくて卑怯で最低な私は彼を最後まで手放したくなかった。 私は最後まで嫌な女だった。 そして、今日私たちは一緒に暮らしたこの部屋を出る。 もう、本当に終わりなんだ・・・。 そう思った瞬間、やはり涙が止まらなかった。 そんな私に彼は最後まで“ごめん”と呟いていた。 本当に最後の最後まで優しい人だった。 「・・・あのさ、今まで本当にありがとう。それと、たくさん傷つけて本当にごめんね。」 「・・・うん・・・。」 「それからさ、彼女と幸せになってね・・・・、それじゃあ・・。」 私はそっとアパートのドアを開けた。 悲しい位優しい夕日が、私を照らしていた。 彼は何も言わず、ただ私を見送った。 私は長年暮らしたアパートのドアをそっと閉めた。 そして、彼に気づかれぬように声を殺して泣いた。 それは最低な私が初めて彼のためについた、優しい最後の嘘だった・・・・。                                      終わり
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加