私を呼ぶ声

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私を呼ぶ声

もうすぐ春になろうとしていた。 桜の季節がやってくる。 私は自身のお腹をさすった。 現在妊娠10ヶ月、間もなく出産予定日だ。 赤ちゃんの性別は女の子だということが分かっているが、産まれてくるまでは分からない。 周りの人たちは皆、私の出産を心待ちにしている。 実家の両親や私の姉夫婦。 そして主人の両親や私の友人たち。 一方の私はと言うと・・・・。 正直“怖い”という感情で心が一杯だった。 もちろん自分の子どもは可愛いし、産まれてくる赤ちゃんに早く会いたい気持ちもある。 しかし、未知の“出産”という体験が怖いのだ。恐ろしくてたまらない。 代々我が家の女性は難産の家系で、私の母も私を帝王切開で出産した。 私も今年33歳。初産には十分遅すぎる年齢に達していた。 いい歳をして出産が怖いなんて、周りには言えない。 20代のうちに出産を終えた友人は「産んでしまえばあっという間に楽になる。それ以上に自分の子どもが愛おしくて、痛みなんてどこかに飛んでいく」と言っていた。 自分の子どもは可愛い。でも怖いのだ。 一体陣痛ってどれ位痛いものなのだろうか? 帝王切開ということになったら、もっと痛いのだろうか? もし、死んでしまったら・・・? やっぱり怖い。まだ、死にたくない。 考えれば考えるほど、悪い想像が頭の中を支配していた。 大人になれば、女性は子どもを産むことが自然だと思っていた。 けれど大人になっても痛いのは嫌だし、未知の経験は誰でも怖いもの・・・。 こんなとき、男は羨ましいと心底思った。 私の母も私を35歳という年齢で出産した。 姉とは7つ歳が離れている。 今考えれば当時はかなりのハイリスク出産だったと考えられる。 案の定難産で、帝王切開をして私を出産したのだが、その際出血が止まらず、かなり危険な状態になり生死をさまよったらしい。 奇跡的に出血も止まり、容体も回復した。 結果、今ではその話がまるで嘘のようにピンピンしている。 昔、母はこんなことを言っていた。 「そういえばね、あんたを産んだときあたしももうダメかもって思ったんだよね・・。 なんか体がどんどん冷えて、体中の血が全部抜けていくみたいな・・・。」 「ふ~ん。それでよく助かったね。」 当時私は高校生で、まるで他人事のように母の話を聞いていた。 「でもね、もうダメかもって思ったときに声がしたんだよね・・。」 「・・・声・・?」 「そう、なんかね“まだ、死んだらダメ”だって。若い女性の声でね。その声聞いたら、この子を残してまだ死ねるか!!って思ったの。そしたら目が覚めて、病院のベッドの上だったのよ・・。」 「ふ~ん。一体誰の声だったの?」 「分からないわ。でもその声のおかげで、今でもこんな風に元気に生活できてるんだから神様には本当感謝しないとね・・。」 母は微笑みながら言った。 一方、当時の私はあまり興味なさげに母の話を聞き流していた。 なぜ、今こんな話を思い出したのか・・・。
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