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社内の連中は皆、厄介払いできたかのように喜んでいた。
もちろん、綾瀬も。
そして俺はなぜか禿じいが言った言葉が引っ掛かり、素直に今の状況を喜べずにいた。
禿じいのいない職場は怖いくらい平和だった。
俺は何故だか無性に禿じいに会いたくなった。
そして、気がつけば俺は禿じいの病室に向かっていた。
病室で会った禿じいはとても痩せていて、別人のようだった。
「職場の奴らはみんな元気か?」
やはり元気のない声だった。
「はい、みんな何とか頑張っています。」
「そうか、お前もタバコばっかり吸ってないできちんと仕事してるんだろうな?」
「はい、もちろん頑張っています。」
「なら、いいんだけどな・・・。」
禿じいは今までにない位穏やかな様子だった。
「お前、何でここに来たんだ?」
「・・・え・・・?」
「お前俺の事大嫌いだったろ、大方さっさと癌が悪化して死んじまえって思ってたんじゃないのか?」
図星だった。やっぱりこのじいさんはエスパーだ。
「まぁ、何でもいいけどよ。悪かったな今まで・・。」
突然謝罪する禿じいに俺は驚いた。
「俺は昔から言い方がキツイって周りから煙たがられてたんだよ。だから、自分でも分かってはいたんだけど、ついお前らみたいな若い奴らを見ると放っておけなくてな・・。でもな、半分くらいは羨ましかったのかもな、若くて健康で、これからの未来があるお前らが・・・」
そう言う禿じいはどことなく儚げな雰囲気だった。
今の禿じいなら聞けると思い、俺はずっと疑問に感じていたことを素直に聞いてみた。
「村沢さんはなんで、その年まで再雇用してまで今の会社で働こうと思ったんですか?
その、体だって病気してるのに・・・。」
俺の質問に禿じいは笑いながら答えた。
「よくお前みたいな質問をしてくる奴がいるんだよ。何で仕事してるかって?そりゃあ、あの会社が俺の人生だったからさ。」
「人生・・ですか・・?」
「そうさ。お前にとってはあんなクソみたいな会社でも長年働いた俺にとっては城みたいなもんなんだよ。」
あの会社が城??禿じいの言うことは意味不明だと思った。
「仕事してると気が紛れるっていうのもあったけど、俺にとってはあそこで毎日働けることが楽しかったんだよ。まぁ、周りの連中には煙たがられてたがな。」
俺が言葉に詰まっていると、禿じいは言った。
「木島、人生は長いようで短い。
俺だってこの歳になるまでそんなに長い時間はかからなかったぞ。お前も死ぬときに後悔するような生き方だけはするんじゃないぞ・・。」
「村沢さんは、自分の人生に後悔してないんですか?」
「後悔なんかするもんか。俺はこう見えて結構幸せなんだ。かわいい孫たちもたくさんいるしな。」
禿じいは今まで聞いたことがないような穏やかな口調だった。
そして帰り際に、禿じいが言った。
「今度職場に戻ったら、一緒に飲みに行かないか?俺にも今度教えてくれ。ゆとり世代の奴らがどんなこと考えてるのかさ・・・。」
俺は笑顔で頷いた。
何だが初めて、俺も禿じいのことをもっと知りたいと思ったからだ。
しかし、禿じいが職場に戻って来ることはなかった。
そして、俺も毎日の激務で次第に禿じいのことを忘れていった。
そして禿じいが入院して三か月経った頃、禿じいが亡くなったとの連絡が入った。
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