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エピローグ
そして次の日。
また、リピートボタンを押したみたいに、昨日と同じ毎日が始まる。
朝、重い体を起こして、ため息をつきながら身支度を整える。
そして、いつものように満員電車にもまれながら出勤する。
学生時代、思い描いた未来とは全く違う現実。
やりたくもない仕事をしながら、その合間に一服をする。
そして、仕事が終わり、いつものように七時十五分の電車に乗る。
電車から降りて、駅を出る。
ちょうどため息をついたとき、近所に新しいケーキ屋さんができていることに気付いた。
いつもの俺なら、素通りするが今日は何となくそのケーキ屋さんに立ち寄ってみた。
入ってみると、よくある普通のケーキ屋さんだった。
店内を一通り見回すと、俺の目にふと真っ赤なイチゴが乗っているイチゴのショートケーキが目に入った。
俺は何となく、イチゴのショートケーキを二つ買い、帰宅した。
家に帰ると相変わらず、大仏パーマですっぴんの妻が俺を出迎える。
「おかえりなさい、あら?今日は何か買ってきたの?」
「近所に新しいケーキ屋さんができてたから、何となく買ってきた。お前確かイチゴのショートケーキが好きだっただろ。」
俺はケーキの入った箱を佳代子に手渡した。
「あら?あなたが私のために何か買って来るなんて珍しい・・・。」
「まぁ、たまにはな、お前にはいつも世話になってるし・・・。」
「明日は雪が降るかもしれないわね。」
そう言うと、佳代子は足早にリビングへ向かった。
せっかく、ケーキを買ってきてやればこの態度か・・・。
本当にかわいくない女になったものだ・・。
そして、俺も着替えてリビングへ向かうと佳代子が珍しく鼻歌を歌いながら夕飯の準備をしていた。
夕飯が一通り済むと、佳代子は皿にケーキを乗せてテーブルに持ってきた。
「あなた、よく私の大好物覚えててくれたわね。」
「忘れるわけないだろ・・。」
「ふふ、こんなの夜に食べたらまた太っちゃうわ。」
佳代子は苦笑いしながら言った。
そして、大好物のケーキを一口ほおばると幸せそうな顔をした。
「やっぱり、イチゴのショートケーキが一番おいしいわ!」
そう言って、もう一口ケーキを口に入れた。
佳代子の笑顔は昔と変わらないものだった。
付き合っていた頃と比べ、しわも白髪もふえた。
おまけに太ったし、髪も異常に短くなった。
でも、佳代子の笑顔は昔となにひとつ変わらなかった。
そして、なんでもおいしそうに食べるところも・・・。
そいえば、俺はそんな彼女がよくて結婚したこと、すっかり忘れてたな。
「何よ、人の顔じろじろ見て!分かった!また私のこと太ったな~と思って見てたんでしょ?」
佳代子は丸い頬を益々丸くさせた。
「・・・そうかもな・・。」
俺は笑いながら答えた。
確かに、今の現実は、俺が若い頃思い描いていた未来とは程遠い。
でも、彼女と結婚したことは、間違いではなかったのかもしれない。
案外、俺の人生も捨てたもんじゃないのかもな・・・。
俺は、イチゴのショートケーキを一口、口の中に入れた。
甘ったるい生クリームの味と甘酸っぱいイチゴの香りが、口一杯に広がった。
終わり
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