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あぶり餅
一、あぶり餅屋にて
桜の花が散り始める四月上旬の日曜日、京都市の北の市街地となる紫野にある今宮神社へ、東から通じる参道を二人の婦人が歩いている。この石畳の参道には、向かい合わすようにして二軒のあぶり餅屋があり、店先で餅を炙っている小母さんから声を掛けられていた。
「あぶり餅 どうどす」
親指の先ほどの小さな餅を先に付けた竹串を、二十本ぐらいうちわのように広げて炭火の上にかざしている。餅に軽く焦げ目が付くと、白味噌の甘だれに浸して出来上がりになる。その素朴な甘さに絡められた餅の味が、ここの名物になっており、食べることにより厄除けのご利益がある。創業して千年と四百年を謳われる二軒の店は、平安と江戸時代より続く歴史を刻んでいることになり、お互いに元祖、本家を名乗っている。
「お姉さん、確かこっちのお店やったと思うけど」
話しかけられた婦人の頭には白髪が混じり、目じりのしわの多さには、苦労が多かった人生を偲ばせる風情が滲み出ている。
「そやなあ、うちも小学生のころやったさかい、薄っすらとしか覚えてへん。そやけど、確か正面の門から出て来て、左の店やったと思う」
参道の北側にあり、一文字和助と言う元祖を名乗るあぶり餅屋の店の前で、昔を思い出しながら話していた。
「おいでやす。奥に座敷がありますさかい、どうぞお上がりやすとくりゃす」
店の小母さんの声に誘われるように、二人の婦人は座敷に上がっている。テーブルの一つに向かい合わせて座ると、直ぐにあぶり餅を頼んでいる。
「お姉さん、今日はご苦労さんどしたな」
「そうなんや、お寺さんの段取りがなかなかつかんで、昨日になってやっとこさで都合をつけてもろうたわ」
「そやかてお寺さんも、お母さんの三十三回忌はわかっておましたんやろ」
「そうなんやけど、他の家との法事が重なってしもとったんや」
「そうか、それでなんとかしてもろたんか」
「そうや、こっちも一時間早めたんやけど、向こうも遅らさはったようや」
「それは、ようゆうこと聞いてくれはったな」
「そりゃ、お互いさまや」
心地のよい風が座敷の中にも緩やかに流れており、餅の焼ける芳しい香りを、ここにまで漂わせている。
「お姉さん、それにしてもええ匂いやな」
「そやなあ」
この時、店の小母さんが焼き上がったあぶり餅を皿に乗せて運んで来た。
「おまっとうさんどす」
「お姉さん、やっと持って来やはりましたえ」
早速、一本の竹串を手にした婦人が、先に付いている餅を口にしている。
「美味しいなあ。久しぶりに食べたけど、この餅の味は忘れられんわ」
「そやなあ、これを食べるのは、ほんまに何十年ぶりかな。この歳になるまでバタバタしとって、よう来れんかったわ」
母親の法事を無事に済ませた姉妹が、子供の頃の懐かしい思い出が残るあぶり餅を味わっていた。
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