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五、再び、あぶり餅屋
「ところで法子、美容院の方はどうなんや」
「お得意さんも付いて、何とかやって行けるようになったわ」
「そうか、それは良かったな」
「それにしても、中学を卒業した時、何か手に職を付けなあかんゆうて、美容学校へ行くのに、よお、お金を出してくれはったな」
「そら、うちは中学出て直ぐに働いたけど、やっぱり学歴が無いのには苦労したさかい」
「そやけど、買いたい物も買わんと、うちのためにきばってもろおて感謝してるわ」
「しかし、うちは結婚して家を出てしもうたけど、法子は結婚もせんと、お母さんの面倒をよう見てもろたな」
「病気にならはってからは早かったけど、最後まで気丈な人やった」
「そやろなあ、お父さんが亡くならはってからは、一人でうちらを育ててくれはったからな。人に言えん苦労をしたはったと思うわ」
「それでお姉さんとこの主人は、元気にしたはるか」
「今日の法事に、来てくれはる予定やったんやけど、急に仕事に行かなあかんようになってしもうたんや。なんせ会社を定年にならはってからは、警備の仕事をしたはるさかい、休日の呼び出しがあったみたいや」
「そうかいな、相変わらず真面目な人やな。お姉さんは、ええ人と一緒にならはった」
「そうや、あの人も高校しか出たはらへんけど、よう働いてくれはった。うちも、今は気楽にさせてもろおておりますけど、六十歳まで働いたんや」
「無事にここまでこれたんは、やっぱり、このお守りのお陰かな」
法子が、ハンドバックより西陣織の帯で作られたお守りを取り出し、両手で被って拝むように額へ当てている。そして、その手をテーブルに下して開けると、鮮やかな蓮の模様が浮き上っていた。
先ほどより、隣のテーブルに座った婦人が、二人の会話に聞き入っていた。そこで、蓮の模様が付いたお守りを横目で見ると、直ぐに自分のハンドバックを開いてお守りを取り出している。すると、二人のテーブルへとにじり寄って来た。
「お姉さん、お久しぶりです」
「えー」
法子が、思わず声を掛けて来た婦人の顔を見た。そして、そこに差し出されたお守りの模様をじっと見据えている。
「華子か」
思わず、叫ぶような声を上げた。
「そうです。先ほどよりお二人のお話を聞いていましたが、そのお守りの模様ではっきりわかりました」
「ひゃー、それにしてもどないしとったんや」
妙子は絶句しそうになりながら、華子を見つめて驚きを隠せないでいた。
「大きいお姉さんも、お元気でなによりです。やっとお目に掛かることが出来ました」
静かな奥座敷が急に騒々しくなり、何事が起きたのかと、他の客が三人の様子を窺っている。
「この近くにええ喫茶店があるさかい、そっちに行こか」
妙子は、二人に言って立ち上がった。
「お姉さん、相変わらずやな」
法子が華子を誘って姉に従っている。
喫茶店への道すがら、妙子はなぜこの時になって華子が来たのかと不思議に思っていた。
「華子、うちらがさっきの店にいたのが何でわかったんや」
「話せば長くなりますけど、お母さんの三十三回忌はお寺に問い合わせて知っていましたので、昨日の夕方に京都へ来てました。それで、今朝、お寺に行きましたけど法事が終わってました」
「そや、他の家と法事が重なってしもうて、うちらの方は早くせなあかんかったんや」
「それで、お姉さん達は今宮さんへ行くと、お寺の人に聞いたもので、きっとさっきの店に行けば会えると思いました」
「そうかいな、小さい時にあぶり餅を買おたとこを、よう覚えとったな」
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