~ひとめぼれ~

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大きな音がしたからだろう、店の奥から、二十代なかばくらいの女性の店員さんが出てきた。 床びしょぬれ、菊の花散乱。 すぐさま状況を理解したらしい。 「申し訳ありませんでした。お怪我はなかったでしょうか」 彼女は落ち着いた声でそう言うと、 「少々お待ちくださいね」と、バックヤードに引っ込み、またすぐに出てきた。 エプロンのネームプレートには、「相澤芽衣子(あいざわめいこ)」とある。 セミロングの髪を、きりっとひとつに束ねている。 ――相澤千歳くんのお姉さんかな。 「靴下、濡れて気持ち悪いですよね。 もし嫌でなかったら、こちらに履き替えてください。 もちろん未使用ですので」 新品の靴下を、わざわざ持ってきてくれたみたいだ。 彼女はかがみこむと、ウェットテッシュで、ぽんぽんとあたしの足元をふきなおした。 「芽衣子、ごめん。俺がふく……」 「あんたね、女子高生の生足、さわっていいと思ってんの?」 「ええっ? 俺、そんなつもりじゃ……」 千歳くんはうつむいて、耳たぶを赤く染めた。 「本当に申し訳ありませんでした。ほら、千歳も謝って」 「スイマセン……」 「スイマセンじゃないでしょう?」 「ゴメンナサイ……」 ハッと気が付いて、私はあわてた。 芽衣子さんは、千歳くんがバケツを倒したんだと思ってるんだ。 「違うんです、あたしが蹴り倒したんですっ」 「あー。でも、俺がへんなとこにバケツ置いたから……」 千歳くんが、困ったようにへにゃりと笑った。 かばってくれてる。優しいんだ……。 そりゃあ、あたしがお客さんだからだろうけど、でも。 出会って数分。 あたしはあっさり、恋に落ちた。
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