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「お友達が、早く元気になりますように」
にっこり笑って、「はい」とバスケットを手渡してくる。
切れ長の瞳は、冷たそうに見えるのに、笑うと思いのほか人なつこそうだ。
胸についたネームバッチをさりげなく見ると「相澤千歳」と書いてある。
――ガシャン。
つま先に何かが当たって、足元を見ると、ブリキのバケツが倒れていた。
菊の花がまわりに散らばり、床が水びだしになっている。
――どうしよう。あたしがバケツを蹴り倒したんだ。
「だっ、大丈夫ですかっ?」
彼は飛んできて、サッとあたしの足元にひざまずいた。
「お怪我はなかったですか?」
タオルみたいなもので、あたしのソックスとローファーをふいてくれる。
サラサラの黒髪からほのかに漂ってくる、女の子みたいな甘い匂い。
とたんにあたしの心臓が、音をたてて鳴り出した。
わあ、なんだか王子さまみたい……。
彼はちらりと上目遣いであたしを見上げると、心なしか青ざめた顔でつぶやいた。
「ごめん。これ、ぞうきんだった……」
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