プロローグ

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ひぐらしは、実は夏が始まる頃から鳴いているらしい。でもその声を意図せずに聴くようになるのはいつも、他の蝉が居なくなった晩夏だ。今年もそう。 セミの鳴き声と種類はあまり一致しない私だが、ひぐらしだけはやけに特徴的で、いつも少し切なくて、だからちゃんと覚えている。百年ものらしい太く高く伸び切った杉が、作り上げた祠に光影のモザイクを映す。 私とSとはその前に座り込んで、感動の様な、畏怖の様な、侮蔑の様な、とにかく声も出せない感情に取り憑かれていた。生温いそよ風が、夏の終わりの声達とこめかみの汗をなぞる。
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