「私」

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私がSを一番知っている、なんて事は冗談でも傲慢だろうけど。 私が優しい人でないように、彼も“哲学者”ではないのかもしれない。社会の中で生き残りやすかった方法がそれであるだけで。だって私の前では、恋愛ひとつに振り回される不甲斐ない男子高校生だったではないか。 それが心地いい自分がいる。 彼が本当に哲学者だったならば、部屋の中で私に寄り添ってくれる聖典のポジションにはシニカルにも及ばない道徳の教科書がふんぞり返っていて、私は逃げ場なく、とっくに英語の長文問題集でも引っ張り出して広げては集中も出来ずにだらけて携帯をいじっていたはずなのだ。 彼の普通でない普通さが私の人生を引っ張り上げて、なんとか海抜の上にいる。彼が私にだけ見せてくれているものがあるという事実が、私を人間に留める。
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