間違いだらけ

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 今日は3月14日。ホワイトデー。  机の中にラッピングされた箱。ご丁寧にリボンにはメッセージカードまで挟まっている。  ベタという言葉しか当てはまらないくらいにベタな状況だ。  が、大きな謎がある。それは1ヶ月前のバレンタインデー、私は女友達以外"誰にも渡していない"ということ。 「こういうの、間違えないでほしいなぁ……」  箱を手に、ぽつりとつぶやく。私の前の席に座る子は学校内でも可愛いと人気の子らしいから、おそらくその子と間違えたのだろう。  しかし確証がない以上、勝手に彼女の机に入れるのも憚られる。 「……見る、のはまずいよねぇ……」  さすがに他人宛のメッセージカードを見るのは気が引けるけれど、差出人が分からなければ返せない。返す時に謝ろうと心に決めて、カードを開いてみた。  いかにも男子らしい、書き殴ったような文字で『好きだ』と一言。その下に書かれていた名前は、 「……そっか」  寡黙。クール。そんな言葉が似合う彼。友達はいるけれど、他の男子とはどこか雰囲気が違っていて、いわゆる一匹狼的なところのある彼。  そして、最近少し気になっていた、彼。  失恋、と言えるほどの想いではなかったけれど、やはり心に穴が空いたような感覚を覚えた。傷が深くなる前に早めに知れて良かったのだと思うことにして、机の中の箱をいつ返そうかと思いを巡らせる。  昼休み。私は屋上の扉の前にいた。彼がいつも屋上で昼休みを過ごすことは知っていたから。  せっかくのお返し、今日中にあの子の手に渡るには昼休みしかチャンスは無い。意を決して扉を開け、キョロキョロと辺りを見回せば、壁に体を預けているらしく投げ出された足だけが見えた。  そっと近寄り、様子を窺いながら声を掛ける。 「ねぇ、」  ゆっくりとこちらを振り向く彼。怪訝な表情で私を見ている。緊張は最高潮に達していたが、もう勢いで行くしかない。  私は箱を差し出すと、 「これ、私の机に入ってたんだけど」 「……あぁ」 「お返し、渡す人間違えちゃダメじゃん。あ、カード見ちゃったのはごめんね。ちゃんと今日中に渡してあげなよ」  一気に喋って箱を彼に押し付けると、私の勢いも手伝ってか反射的に彼は箱を受け取った。いざ返してしまうと、何だか急に情けなさがこみ上げてきて泣きそうになるのを必死に堪える。  間違いを焦る様子が感じられない彼のことは少し不思議に思ったけれど、今はこんな顔を見られたくないという気持ちの方が強すぎた。  早く教室に帰ろう。じゃあ、と言って踵を返した時、 「なぁ、」  不意に掴まれた腕。驚いて振り向けば、彼は寂しそうに眉尻を下げて私を見ていた。  何故そんな顔をするのか。何故私を呼び止めたのか。あまり良くない頭をフル回転させても私には分からなくて、ただ掴まれた腕が熱いことだけが伝わってくる。 「……これ、お前に、なんだけど」  何も言えずにいた私の耳に飛び込んできた言葉。  見てしまったメッセージカードを思い出し、ほんの少し顔が熱くなる。それでも彼の言葉を信じ難いのは、最大の謎が残っているから。 「……私、バレンタイン、あげてないけど?」  ようやくそれだけ言えば、彼は視線を下に落として口ごもってしまう。  しばし言いにくそうにしていたが、急に覚悟を決めたかのように顔を上げた。掴まれたままの腕にほんの少し力がこもる。 「……本当は、先月渡そうとした、けど渡せなくて……だから、今日……あ、チョコは新しいのだからな!」  普段のクールな彼からは想像できないほどの動揺と緊張。箱を持った手で半ば隠そうとしていたが、全く意味を成さないほどに彼の顔は真っ赤だ。  チョコを渡せなくてやきもきして結局自分で食べて、また新しいのを買っている彼を思い描いて思わず笑みが零れた。  それを彼に見つかり、笑うな、と言われたがこんな可愛い一面を見せられては無理な話だ。 「あー、もう……ほら、とにかく、俺はお前に渡したかったんだよ」  がしがしと乱暴に自分の髪をかき上げると、彼は手の中の箱を私に差し出した。  私が箱を受け取ると、彼はまだ少し赤い顔のままで、無邪気に笑った。  今日は3月14日。ホワイトデー。  先月誰にもあげなかったはずの私の手元にはラッピングされた箱と、カードに綴られた素敵な愛の言葉。  可愛いくらい照れ屋で不器用な彼に、今すぐお返しをしよう。  私が彼にあげるお返しは、"ありがとう""私も好き"。
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