月夜のラプソディ

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私は、この布施(ふせ)医院で、ただ一人の受付け医療事務員として働いている。 昔から地元に根付いている、いわゆる町のお医者さんだ。 患者さんの殆どが馴染みのお年寄り、あそこが痛い ここが痺れる などと先生に訴えながら、小さな医院が皆さんの憩いの場になっているのは よくある話だ。 院長先生は(よわい)七十五、まだ現役で頑張っている。 けれど寄る年波には勝てず、時々 息子の(わたる)先生が代理診察をするようになった。 二人とも温和で、素敵なドクターだ。 「妃芽ちゃん、私の支払いはまだかね?もう だいぶ待ってるんだが」 「お、吉田さんが生き返った!三途の川を渡り損ねたか」 「失礼な!先に冥土に行くのはカズさんだろうが」 二人の言い合いに、他の患者さんの力強い笑い声が狭くて古い院内に響いた。 本当に皆さん、お元気で何よりだ。 「妃芽ちゃんは ずっとアンタを呼んどったわ!嫁に頼んで もっといい補聴器を買ってもらえ」 「マスクのせいで聞こえづらいだけや!」 「うるさい、静かにして!」 診察室のドアから顔を出した里美(さとみ)さんの一声で、待合室がピリッと静かになった。 たった一人の看護師 里美さんは渉先生の奥様で、この医院は里美さんで成り立っていると言っても過言ではない。
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