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 ふたたび第一主題、プレスト。そして、静かで詩的なコーダで終わる。フレデリック・ショパン、唯一無二の作曲家。僕はもうショパンしか弾かない。  気配は消え、ふり返ると背後には誰もいない。蓋を閉め、鍵をかける。  みんなが中庭から戻ってくる。人数を点呼し、男性の看護師がドアを閉める。院長が入ってくる。若い白衣の女性を連れている。 「新しく赴任された佐渡彩子先生です」  紹介された女医、黒い髪は無造作に束ねられている。度の強い銀ブチメガネ、化粧気のない青白い顔、ガリガリに痩せた体にダボダボの白衣、彩子という名前に完全に負けた冴えない風態だ。 「はじめまして。まだ3年目の若輩者ですが、みなさんのお役に立てるよう、がんばります」  ぺこりとお辞儀をして、医師、看護師たちが拍手をした。患者たちは誰も拍手をしなかった。  ここは、精神病棟。軽症患者が入院している開放病棟だ。数ヶ月前、僕はここに間違って入れられた。
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