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僕は医学部の最終学年生。もちろん、今だってそうだ。
その日は朝から機嫌が悪かった。成績のことで、父と口論になったからだ。父は僕が学ぶ大学の教授。ピアノばっかり弾いて、確かに勉強がおろそかになっていた。教授の息子の成績が悪ければ気まずいだろう。それはよくわかる。
母はピアニスト、幼い頃から僕に厳しくレッスンした。だが、成績が悪いことをピアノのせいにしたのを、今度は母が責めた。
僕は、力まかせにドアを閉めると、家を飛び出した。
むしゃくしゃした気分で白衣に着替え、臨床実習の精神病棟に着いた。実習の前に、お決まりの心理テストをさせられた。
バウムテスト、実のなっている木を描く。機嫌が悪い僕は、木の幹を真っぷたつに裂き、枝をズタズタにして、実を全て地面に落とした。指導医は顔をしかめた。
次に絵画統覚検査。絵の同性の人物が自分を反映するのか。僕は男性が理不尽に攻撃されているストーリーを作ってやった。
そして、牧歌的な風景を描かせられた。山や川、田んぼや畑。僕はそこにあえて異質なもの・・・紫色の象を描いた。指導医は実習を中断し、僕の診察を始めた。仲間の前で。
教授の息子である僕は、人一倍プライドが高い。父の後輩にすぎない指導医が、僕の成績が落ちていることに言及したとき、僕はキレた。大声で怒鳴り、胸ぐらをつかんだ。仲間は逃げ、誰かが人を呼びに走った。僕は取り押さえられ、セルシンを筋注され、意識を失った。
その指導医が、僕の心理テストと紫の象を見て、統合失調症と診断したらしい。統合失調症の患者は、ときに象の絵を描くのだそうだ。
意識が戻ったとき、僕はこの病棟の措置室に拘束衣を着て横たわっていた。ひとりの精神病患者として。
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