夏の暑さと君の熱さと

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そんな状況だったので、塾通いは正直有難かった。 夕方4時に家に帰った後、電車で約1時間かかる御茶ノ水駅の校舎まで、毎日せっせと通った。 本当は近所にもその塾はあったのだけど、自宅から少しでも遠い塾に通う事は全身全霊で拒否した。 「学校で辛い事があるの?」 「ないよ」 派遣とはいえ、フルタイムで大企業の看板を背負い、人生の勝ち組とも言えるエリート正社員にこき使われた後の母に、私は極力心配というものをかけたくはなかった。 それこそあの苦痛の日々で身に着けたスルースキルをここぞとばかりに発揮させ、母に聞くことを諦めさせた。 (ごめん、お母さん) 私の教育費を稼ぐ為、愚痴一つ言わないで朝早くに出かける母の背中を、布団越しに感じながら、私は何度も本心を言わない事を謝った。 私は学校の外にいる時くらい、あの時間の事は忘れたかったのだ。もっとひどい目に遭っている人からみれば 「え?そんな事で辛いとか言っちゃうの?どんな甘ちゃんだよ」 などと、嫌味の一つや二つは投げつけてくるかも。 けれど、小学校で居場所を失った理由の一つが母の事。 なので、余計な事を言って大好きな母を苦しませたくは無かった。 そんな訳で、家で母と顔を合わせるのもしんどくなってきた受験間際。 他の塾生が親子で一致団結している様子を尻目に、小学生が一人で電車に乗れるぎりぎりの時間まで自習室で勉強していた。
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