偽善

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自分のことはわからないが、たまに言われる。 母親が冗談半分に履歴書をアイドル事務所に送って合格したこともある。電話がかかってきたけれど自分で断った。 「ヤンキーなのに黒い髪がさ、またセクシーだよね」 「紘一さんのほうがよっぽど根性入った髪色してんじゃん。そんな色にしたら毛穴死ぬぞ」 俺の言葉を無視して、頬杖をついてじっとこちらを見てくる。ずっとおだやかな笑顔は絶やさないが、瞳は笑っていない。 「夜の街はさ、お酒が入った人間だらけで本能むき出しでくるから危ないんだよ。特に性に対してはね。大人をなめちゃいけないよ」 「そのお手本が、今俺の目の前にいるってこと?」 「そうかもね」 何がそんなにおもしろいのか、手をたたいて笑う。人が少ないからいいけどオーバーリアクションは恥ずかしい。 「あほらし。興味ないわ。俺が気になるのはアンタの正体だ。紘一さんを見た瞬間補導員はすぐ立ち去った。そして金の名刺。あれは半グレなんかじゃない本物の暴力団、それをわざと見られるように出すテクニックは、今回はミス。俺に脅しかます必要性ないもん」 俺にとってここまで話すのは勇気のいる事だったが、紘一さんは余裕の笑みで氷をストローでからからと回していた。 「正解。今どき珍しい『顔役』なんだ、うちの組長は。俺はその代理でトラブルがあると顔を出すのが仕事。この代で終わる化石組織さ」 そんなもの親の世代くらいで絶滅したと思っていたがまだ残っていたのに驚いた。最大組織は分裂して内部崩壊が進んでいる中、ここは田舎だからかもしれないが古い人間関係が残っている。だから大人が一斉に逃げた理由がわかった。 「本物」を目にして背中がヒヤリとした。
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