落とし穴

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夜になっても熱気が街にこもっていて、立っているだけで汗が出てくる。 この前と同じ居酒屋でとなりの男はおいしそうにビールを飲んでいる。 俺は緑茶。 「あのなクソガキ」 「…なんですか?」 「払ったカネを返されるって、すごい屈辱なんだけど」 「ありがたいとは思ってます。でも多すぎです。だから…」 伊純さんは俺が心配になるくらい早いペースでビールを飲んでいく。 「お前、自分の価値を低く見すぎ」 また顔がいいとか美少年とか言われるだろうか。 昔から言われ続けて聞き飽きたし、不愉快だ。 外の熱気の中待ち続けていたので喉が乾いて2~3杯お茶を飲んだら、今度はエアコンで冷えてトイレに行きたくなって席を離れる。 戻ってきて残っているお茶を飲んでいると伊純さんが意味深に笑っていた。 「…なにか?」 「別に。忙しい奴だなと思って。行ったり来たり」 「まだトイレ1回しか行ってないけど」 「さて、俺は2軒目行こっかな」 「あ、ちょっと待って」 お金を返すという最初の目的を忘れていた。かばんの中にある封筒を探す。 急に下を見たせいかめまいがした。 「‥…」 力が抜けてカバンを落としてしまう。椅子から落ちそうになった俺を支えて伊純さんが何か言ったような気がした。 「席を立つ時はな、全部飲みきってから行け」 なんで?と聞こうとしたが声が出ない。 そのまま目の前が真っ暗になった。
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